心の健康(自己への配慮)
佐川清和 PROFILE
1947年富山県生まれ。1970年ヤマギシズム生活に参画。
現在、三重県伊賀市春日山にて農畜産業に従事。
著書に『金の要らない仲良い楽しい村』(ヤマギシズム出版社)その他。
1.ヤマギシ会の歴史
"ある愛の詩"
山岸巳代蔵全集に寄せて
2.インタビュー 高級有精卵の真価を探る
3.知的革命ノート
吉本隆明氏との対話 篇 コラム 篇
「怒り」と「研鑽」 篇
4. 四季の春日山(写真)卵由 MAINへ
5. 前渉行程論 (1)
6. 前渉行程論 (2)
7. 前渉行程論 (3)
8. 前渉行程論資料篇
9. 島尾敏雄『幼年記』から
山岸巳代蔵全集
むら-net (ヤマギシズム実顕地村人の交流の場)
![]() 新緑の季節 |
2012年4月1日 自然と人為(39) 吉本隆明氏を悼む 先回「思いあまって東京の自宅まで訪ねて思想家・吉本隆明氏にその真意を問うてみた」と記した矢先、氏の訃報に接した。 おもえば京都の鶴見俊輔氏と共に東京の吉本隆明氏は、理想を追い求めてやまない山岸会の試みをこの間一貫して温かく見守ってくれていた両翼だった。なかでも凄まじい内と外からのバッシングのさなか孤独と不安で気持ちが萎えてしまう時に、氏から差し伸べられた心の手に支えられ励まされてきた。 ああ、この人は自分らを理解してくれる人だ。そんな直観がまんざら一方的な妄想でもない例証を、2005年に刊行された『中学生のための社会科』と題された「晩年の代表作」にみてとれる。 だってこの書の構成は、みずからの原風景にふれる「言葉と情感」からはじまり、現在のみずからの老齢体験をふり返り、最後に他の動物と異なるメタフィジィックな人間が作ってしまった社会を見直しユートピアを志向する管理方式のモデルとして「山岸会との対話」の考察で閉じられているからだ。 そこでは十五年前の自分らと氏との会話の一部がそのまま再現される。そして誰もが思い悩み自他を傷つけ合う「社会としての個人の問題」を乗り越えるために、「人間力」に基づく制度の訂正に希望を托される。 じつはこの間折にふれて「山岸会との対話」から感じられた感想をもらされていた。曰く「おやっ、これはいかんぜ」「ヤマギシ会はユートピアと言いながらユートピアではない」「わざわざ体験しなくても、教育問題等で必ず矛盾に陥る」「開くべきだ」「必然の核にぶつかれ」「こうした失敗は、検討に値する、分析に値する」等面白いほど痛烈だった。 なぜ吉本さんはこんなにもくり返し自分らとの会話の場面を微細に分析されるのだろう。ある時、フト気づいた。そうか、吉本さん自身が生涯をかけて理想(=本当)を追い求めてやまないその心において、自分らとひびき合っているのだと……。 人間だけが、あえて自分を拘束するものを自分が観念的に制度として作り出してしまう。それを利己主義を捨てるとか、一人一人が悔い改めたら、ユートピアという認識の仕方は間違いだ。人間の最高の知恵が生み出した最高の制度が資本主義だからだ。 だとしたら、どうしたら「自由かつ平等な社会」が実現できるのだろうか。自分らとの会話でも氏は、第三次産業が6割、7割を超えた消費社会では農業ゼロに近づいて、形あるものを作るとか味わうことがない時代に入ってきているとも話された。つまり交換価値という概念が消滅し、代わって無形の贈与価値という価値を形成しないと世界の不均衡は解消されないというのだ。そこから次の時代に合う等価交換のあり方を模索される。 貨幣交換経済と贈り合いの世界との間に実感的な橋を架けるということ。社会的な個人と個人としての個人との明確な分離。氏から引きついだ「人間力」がいま試される。 2012年3月1日 自然と人為(38) 足下にあった青い鳥 自然とは何か、自然の発見という場合の、自然というもののどこに自分らは理想社会の原型をおいているのだろうか。こうした問いをいつもくり返し自問自答してみる。とりわけ早朝ふと目が覚めて、懸案の課題などあれこれ思いめぐらしていると、パッと思いもよらん見当違いの方向から考えが浮かんできてやる気が一気に湧いてくることが再三ある。 以前にも紹介したことがある『牛が拓く牧場』の筆者、斎藤晶さんの話も自然における人間の位置を暗示しているようで、自分らを高揚させる。例えば戦後開拓地に入植して、夫婦して必死に働いているにもかかわらず満足に食べることすら出来ない。そんな時途方にくれて高い木に登って遠くの景色を眺めていたら、小鳥の囀る姿や昆虫の飛び回る光景が目に飛び込んできた。そうしたら、ハッとあることに気がついた。そうか、野鳥や昆虫のように生きていけばいいんだなって。そのことに気づいてしまえば、後は簡単。要は、自分の方から野鳥や昆虫たちと同じように自然の中に飛び込んでいけばいいんだ、と。 このあたり山岸巳代蔵の表現を借りれば、次のようになるだろうか。 「軒端のスズメや、菜の花に舞う胡蝶でさえも、金を持たないで、何らの境界も設けないで、自由に楽しく舞い、かつ囀っている。権利も主張しないし、義務も感じていないようだ」(金の要らない楽しい村) 他の何物も真似られない優秀な知能を持つ人間が人間自身の不幸を無くすることが出来なかった原因は、知能の用い方を間違えたところや肝心の人間ある限り無くならない、人間自体から無限に湧き出てくる足下の「自発力」の開発にまで知恵が回らないところに求められないだろうか。 何も蝶や花や猿の段階に後戻りすべきだというのではない。宇宙自然も、人間そのものも、人為的な業績も、一日として後返ってはいないわけなのに、その中の人間の考えよりのものの中には、正しさに於て、方向を誤り、正しいと思っていること自体が思い違いで、大変な逆方向へいっていることが随分ある。主観を捨てての一言で済まされないのだ。 もう二十年前になるか、思想家・吉本隆明氏の次のような考察に接したことがある。 「わたしたちは意図的に生産し、そしてそれを消費する。たぶん動物は(ほとんど)意図的には生産しないで、消費だけはやる。……わたしたちが分析し解剖したいのは、消費社会と呼ぶのがふさわしい高度な産業社会の実体なのだが、この画像はふたたび動物一般の、社会に似ているようにおもえる。……相違はわたしたちのなかにメタフィジィックが存在するということだけだ」(消費論) 面白いこというなあ。高度な消費社会でも消費行動だけが目立つから、消費だけやる花や蝶の社会に復帰しているかに見えてくるという。どういうこと? 思いあまって東京の自宅まで訪ねて氏にその真意を問うてみたことがある。 2012年2月1日 自然と人為(37) 秘められた実態の把握 自然とは何か、自然の発見という場合、自然というもののどこで人為との調和をはかるかの底辺観念が問われる。例えば自分らの住む村を発足当初から「金の要らない仲良い楽しい村」とも通称してきた。しかし一般通念での慣性観念から見たら、聞いた人が恥ずかしくなるほど薄っぺらな歯が浮くような表現として受けとられるにちがいない。 本当は「仲良し」とか「楽しい」といった簡単な言葉に秘められてある「実態」に迫るのが本意なのだ。だからあらためて本当はと、いいたくなるものをあえて常識観念に縛られない底辺観念として位置づけたいのだ。 来る日も来る日も淡々と豚糞や牛糞を畑に還元しているメンバーがいる。もちろん村の一役凡て然りだ。もし事柄だけの表層観念上の仲良しだったら「たまには替わってやってみろ」となるところ。ところが一方自然界ではシカはライオンに食われ続ける仲良しの実態がある。人間は縁の下の力持ちも少しはやるが、まだ自分を立てたい、認めてもらいたい傲慢さを押し隠している弱い存在だ。 だとしたら自然界の仲良しの実態に感心するばかりでなく、そこまで遡ることがじつは理想社会の原型に出会うことではないか。 そういえば本稿「自然と人為」(第一回)で触れた『獣性より真の人間性へ』に興味尽きない挿話が紹介されている。 「一日、或る人家の軒下を流れとどまる下水溝に、黒く細長い、蛭にも蚯蚓にも、八ツ目うなぎにさえも持たない、熾烈な悪寒を覚える醜体の、一匹の虫のうごめきを見ました。青年時、庭先でこれによく似た、頭部が銀杏の葉のような形に拡がった、黒い虫を初めて見た時、慄然とした印象が今なお蘇りますが、こういうものを見ると逃げ出したくなり、目につかねばよかったのに、また何故あんな虫がこの世に置いてあるのか、そして何を楽しみに生きているのかと、時々思い出して暫し耽ることがあり、何時水気がなくなり干乾しになるか、どんな劇薬や苦いもの、酸いもの、辛いもの等が流れて来るか、熱湯をかけられるか、不安の日夜をのたうって、三日がかりで漸くにして遡上したものを、一夜の水にどこまで流されるやら、あなたまかせの生活史です。今日はうどんの煮汁か米とぎ水か、魚の臓物の饗宴にありつけるかと、あわれうたかたに望みをつなぐ生涯でしょう。しかし、また案外数少ないであろう彼等にも、配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてあるのか、種の絶滅もなきまま、こうして産み付けられた吾が身の不運をかこっているかどうか、詮索したくなります」 きっと山岸巳代蔵には、一瞬にしてすべてを了解するほどの衝撃を受けた「なるべくしてなっている」自然界の光景だったにちがいない。それにしても「あなたまかせの生活史」とか「配偶者に会う仕組みは、うまく与えられてある」といった表現は何と言いえて妙であることか。この事実・実態こそ、自然の発見とも呼べるものではないだろうか。 2012年元旦 自然と人為(36) 自然における自己の位置 さきの野澤重雄さんは生命力が絶対に「ある」と考え続けることで、トマトの巨木が生まれた。はじめから「ない」としていれば、そうした事実も新しい考え方も生まれることはなかったにちがいない。 「栽培してみて分かりました。心の問題でした。今の科学を心の問題の方へ転換させていきたい。生きているとは何か、が今の農業の中にはない。ヤマギシに期待するところです。そして自然の素晴らしさを表現してください」 そういえば研鑽会でよく諭された。 「ヤマギシズムには一般社会にないものがある。そこを発見していく。それも『ある』から見つけるのではなく、そういう心境・態度でのぞむから『ある』ものが見つかる」 さて、ここまで「自然」とか「自然と人為」とか「自然全人一体」いう概念を多用しながらいったい何をいわんとしてきたのだろうか。テーマの焦点を絞り込んでいこう。 以前にも次のように記したことがあった。 ある年の元旦に鶏の集卵に入って産卵箱の中の籾殻をかき回していて、ふと手が産卵中の鶏の尻に触れた際にまさにその時、温かな卵を手のひらに受けとめていた。殼を包むクチクラ層が空気に触れて乾くまでの数秒間、それは濡れて輝いていた。なにか生誕の秘儀にのぞんでいるような心持ちでしばしうっとり見とれていた。そうか、『養鶏書』の「空気や水や草や塵芥が、卵に変わる自然の根本妙手を知ろうとしませんか」ってこんな感触かなあ、と以後何度も同じ場面を反芻してはいつも温かく抱擁(つつ)まるる心持ちになるのだ。 またいつだったか紅葉の季節に、なぜ朱や黄色に色づいた木の葉を美しく感じるのだろう、誰の心をも感動させる美しさの正体は何だろうかと話題になり、それは自然と人は一体のもので人は自然から産まれたもので、宇宙自然界の底に息づく生命力というか美しさ・豊かさ・温かさの源がそこはかとなく広がっているからではないか、といった発言に、目から鱗が落ちる衝撃を受けたのだ。 自然はいろいろな食べ物となって人の身体を育む。それと同時に自然は人(自分)の精神をも豊かにするものであることを実感する、というのだ!! 実感する、って? 「そうか、それで春になると若草色などに心がはずみ、可愛いい生き物の子に心がうづくのだなあ」と腑に落ちるものがあった。それは自分のツルハシをガチリと鉱脈に掘り当てたような心の安らぎをもともなった。 自分にとっての「自然」の発見だった。 ところでヤマギシ養鶏では雛が生まれたら直ちに米山の上に降ろしてやる。なぜなら消化器は堅いのを与えると、それに対して適応構造となり、また養分の少ないものを与えると量を多く摂って栄養の均衡を図り、またいつでも食べられるとあれば消化能力のある量より食べないものだという。まさに自然はうまく仕組まれている。だとしたら自然と人為の生かし合いはどのように構成されるのか。 2011年12月1日 自然と人為(35) 「人間性」を見いだす この間人間の思い考えと事実・実態との異い、二つの事実の実例、あの吃音体験での心構えの問題と実際に話すという行為それ自体との次元の異いについて記してきた。 凡ての間違いや悩みなどは、どこまでも異質なものを自分よりの観方からの誤認・混線・錯綜に原因があるのではなかろうか。ところがその原因のとらえ方にも二通りあって、バイ菌がついて病気になったとしても、それでバイ菌を取り除いて一件落着とは行かない。なぜならさきのモミガラは食べない・よく食べるという「二つの事実(現象)」の実例に見るように、はたして病気は「本当の現象」なのかどうか? 本当はどうか、本当はどうかの究明をいい加減にしておいて、案外本当の世界にはあり得ないものに振りまわされているだけかもしれないからだ。 人間の自然への働きかけを、人間の労力の支出分だけ「価値」化することで物の交換価値形態にまでたかめられた資本制社会も、あくまでも自然が人間となる人類史の一発展段階である。人間の自然への働きかけも二つあるのだろうか。もっと「人間性」を見いだす人間復帰への転換が追求されるべきだ。 そしてそのような転換の場が、自分らでは「特講」を始めとする各種研鑽機会である。こうした体験を経ない限り、頭の中での理解としての分離ではない、事実・実態と人間の考え・思いとの異いからおのずと映しだされてくる「事実その中で生きていく強い自分」の姿は見えてこないのではなかろうか。 鶏のヒナは、自分自身で殻を破って孵化するまで二十一日かかる。山岸会ではそうしたヒヨコの誕生になぞらえて、既成観念から脱却して研鑽できる人になるために、一週間の特講と二週間の研鑽学校都合二十一日間の自己陶冶(試練の場)が用意されている。 なかでも卵の孵化では、必ず四日目から五日目にかけて死にかけるほど弱る時期を越すのだという。自分らもまた、自分よりの理解から零位よりの理解に即ち「獣性より真の人間性へ」と脱皮する体験を越えることで、はじめて自分が自分(真理)に出会うのだ。 たしか「つくば科学万博」(一九八五年)で一株のトマトから約一万三千個の完熟トマトを実らせたトマトの巨木が出展されて話題になった。その頃そうした植物の持てる潜在能力を限りなく引きだす栽培法を確立された野澤重雄さんから氏の自然観をうかがって、大いに啓蒙されたことがある。 野澤さん曰く。自然現象の本質として、どこまでも伸びていく生命力と呼べるものがある。環境に適応する能力そのものが生きている姿、時間と共にどんどん変化するだけだ。ところが人間的な感覚では、成長していくなかで時間と共に老化し死に至るものだとしている。その生きているものを人間的な感覚で誤認してはばからない点を実証したかった、と。野澤さんの「無いけれど、あるんだ」として「やっぱり、あったなぁ」と見いだされるその究明態度に、心うたれた。 2011年11月1日 自然と人為(34) 二つの事実(下) 戦時中の飼料欠乏時代に養鶏組合の責任者だった山岸さんが牛も好まぬ粗飼料を調達して組合員に分配したところ、多くは食べささずに鶏を痩せさせて皆の不評をかった。ところが山岸さんの鶏舎ではどの鶏も皆満腹し落ちついてよく肥り満足そうに卵を産んでいたという逸話がある。その話を聞いて、さすが養鶏の達人はちがうなぁ、しかし、鶏を痩せさせないことがなぜ真の人間や人間社会のあり方にまでつながるのだろう、と当初は訝しんだ記憶がある。 ところが八十年代ヤマギシの有精卵の増産要請が一気に高まり、暑さや産み疲れや病気に負けない頑健な消化器の鶏体造りをねらって大量の青草やモミガラや焼酎粕のような食品副産物・廃物の活用もかねた給与を始めた頃、同じ現象に直面したことがあった。 というのも、ある日の鶏や豚や牛の飼料専門研鑽会で「ヤマギシズムでは餌代が安いほど鶏が健康に育つ」と聞いたのだ。その時は、原因と結果を逆さまにしたような表現にオカシミを感じつつ、何はともあれ、軽率にそうか安ければよいのかと、ある時単価の安い粗飼料を一度に多く給餌してみたのだ。 すると案の定『獣性より真の人間性へ』に書かれてある逸話のように鶏を痩せさせて皆の顰蹙をかった。まさに「粗飼料を与えて鶏の飼養出来ない技術者は、経済環境適性試験にパス出来ないでしょう」とか「粗飼料を用いるにはそれに合う飼養法によらねばなりません」との一節がそのまま自分に突き刺さってきて打ちのめされた。 いったい自分の何が間違っていたのか? しかしまたそんな体験を通して、「安い餌代で却って卵をよく産むことも知らねばなりません」の安い餌代だからこそ「却って」といえるものの一端に触れたい、知りたい意欲を逆にかきたてられた。 確かによくよく観れば、例えばモミガラ一つとっても、こんな栄養もなく消化しにくい硝子繊維の固まりが餌になるとはとても思えない。事実食べ残しの餌を捨てる餌箱掃除で忙しくなり、しかも下痢便の鶏が続出したりでモミガラは厄介者にしか見えなかった。反面またウイスキーを製造する際の液体粕とモミガラを組み合わせて給与してやると、なぜか鶏が喜んで食べつくす事実もあった。 モミガラは食べ残す、食べないという事実に対して、よく食べる、食べ残さない、という事実もある。 このモミガラ食べさすという小さな一事に、二つの事実がある? それって、どういうこと? とても不思議なことに思えた。人生上超難問題に取り憑かれた気分がつづいた。 そうかぁ、モミガラがだめじゃないんだ。モミガラを食べ残すようにするには、食べ残すようなやり方を、この自分がやっているからだ。食べ残さないという事実は、食べ残さないようにするからだ。そういう人になることだ。その通りやるそういう人の心になることだ、との発見にも似た驚きが今もつづく。 2011年10月1日 自然と人為(33) 二つの事実(中) 山岸会の『特講』への案内文に、特講受講から副産物的に得られる人間本来の正常健康な姿への復帰を実証する「怒り」の解決などの実例があげられている。たとえば 「吃もりは劣等感からくるもので、どんな強度の吃もりの人でも、恥ずかしがりでも、一週間の特講で劣等感が無くなり、今まで以上にわざわざ意識しないのに、演壇に立ってしゃべれるようになる。吃もりの人はぜひ参加されよ。(……)人の中で自分も気づかずに話している事実を見られるであろう。」(『Z革命はあなたの身辺に』) はたして吃もりは劣等感が原因だといえるだろうか? ……とはじめのうちは文意をはかりかねていた。ただ「自分も気づかずに話している事実を見られるであろう」との一節が妙に心に残った。そんな「事実」って何だろうか、と。というのも筆者自身吃もりで深刻に悩んでいたからだ。 実際吃音者の直面するもう一つの事実とは日々惨憺たるものがあるのだから……。必要なときに必要なことが言えない。話す前に、深呼吸して落ちついてゆっくり、とをどれほど意識して備えても、結果は無惨にも打ち砕かれる事実。かといって吃らないでスラスラ話せるときもある。だからいつもびくびくおびえ身構えている。自分で自分をかるく御することができない無能な自分を日々思いしらされることの苦痛、屈辱感。 そうなのだ。吃音者とは吃る者というよりは、吃ることを苦にする観念を持つ者の謂いにほかならない。だからさきの「吃もりは劣等感からくるもので」の意図は「苦にする」観方考え方の観念我を問い質していたのだ。 後年自分自身気づかずに吃ることなく話している事実を見て、「事実」その中へ飛び込んだ強い自分を見いだしたかのようで感きわまる思いがしたことがある。 要は「卵」と言おうとするなら、「た・ま・ご」と発音をじっさいにツナゲル行為をやる以外に手立てはないのだ。あまりに当たり前のこと。そのことは「吃音者」というあり方を放す実践行為でもあった! 事実と思い・考えとはまったく次元が異うという発見! 自分の思い・考えの延長線上に事実・実態の世界を捉えることも飛び込むこともできないのだ。案外まだまだ多くの人は、自分よりの私が見たとする私の思い考えからの事実しか知らないのではなかろうか? こうした自分にとっていちばんの切実な問題に解決のメドが立ったときの「あぁ、そうだったのか!」という心底からの味わいは、「事実」というものの確かな手触り感から齎されてくる解放感ともいえた。しかもこの 「事実」を実感させられると、何時でも何処でも「我のない姿そのまま」の自分に戻れそうな気がするのだ。そんなありのままの自分がどれだけ自分を励ましてくれただろうか。事実の世界にそのつど飛び込むことで、事実の方から心ならずも心足りない一面に手を差しのべ力づけをしてくれるようなのだ。 2011年9月1日 自然と人為(32) 二つの事実(上) 山岸会が発足した年(昭和28年)、名古屋の養鶏専門誌『家禽界』の記者大鹿富彦が京都地方の孵卵業者の得意先回り中に風変わりな養鶏の話が出て、その不思議な男の話を聞きたくて、すぐその足で山岸巳代蔵の家を訪ねた。それがきっかけでこの年の十二月に三日三晩旅館で缶詰にされて書き上げたのが、『山岸式養鶏法』だという。 その書のはじめに、本養鶏法を「全面的に盲従的に実施してくださる方は御一人もありません」とあり、巻末には「風袋が多くなり過ぎました。"見ずして行うなかれ! 行わずして云うことなかれ!"の数語に尽きるものを」とある。 盲従的かぁ? いったい何を見ずしてというのだろう? そんな問いが自ずと湧いて興味が尽きない箇所だ。 又その頃次のようにも述べている。 「儲かると人が云っている養鶏法を、人々に行って頂いて、自分では行わないから変なものです。田や持ち物は加速度的に失くなりますし、借財と不義理(既成社会で云う)が重さみ、身動き出来ない現状です。……この事実を見て解りますか」とあり、ついで「解らないでしょう」とつけたす。 現実、目の当たり草芒々の破れ世帯を見て、貧乏しているように見るのが自然ではないか。ところが本人は会が結成されて以来、金も名も求めず身命まで投じてもと、心ある人々が寄ってきて、 「私の心の眼前は希望と歓喜に燦き、求めたものが得られた幸福に充満しているのです」と、はたして貧乏しているのか、寄って見て貰いましょう、と確言するのだ。「私の有形物の減耗するに反比例して四囲の情勢が好転」、「理想世界は着々具現」しつつあるという。これは負け惜しみか強がりだろうか。 そもそもいったい自分が見ている事実とはなんだろう?「趣旨はいいが、現実はなかなかそうはいきませんネ」。物のみの眼鏡をかけて見る事実と眼鏡を外して見る事実は異うのだという。無いものが見える人にという。 また会が結成された翌年の秋、山岸自身胃下垂で何一つ作業ができず麦も菜種も播けないでいた頃、次のような会話が交わされる。 「秋の供出はどうされるんですか」 「米を買うて出したらよい」 「そのお金はどうされますか」 「田を売るより仕方がない」として、四反歩減らしたが焼け石に水だという。 かくして常識観念でいう生きる糧(物)が無くなってきて、まだ私というものが有る。それも放しきったなかに、生きる力のようなものが有る。しかも生きていくからには正常健康にあろうとする、そんな心持ちも湧いてくるのだ。 これこそ山岸巳代蔵のそれならそれでと、凡てを放しきったなかから自ずと浮かびあがってきたありのままの事実の姿であったにちがいない。そこは「我のない姿そのまま」に「盲従的に」委ねられる世界でもあった。 2011年7月1日 自然と人為(31) 同行二人の心もち(下) 岡潔によれば「人には心が二つある」という。一つは心理学が対象にしている私というものを入れなければ動かない心だ。喜怒哀楽といった必ず意識を通した心だ。 第二の心はたとえば「秋風はものいはぬ子も涙にて」(芭蕉)ともいうように、もの悲しさを感じる心だ。そのわかり方は意識を通さない無私の心ともいえる。それを知るには赤ん坊を見るのがよい。人の子が生まれて三十二ヶ月は第二の心の世界(童心の季節)に住んでいる。一口に言えば懐かしさと喜びの世界だ。この意識を通さないでわかるという基盤を、岡潔は「情緒」と呼んだ。 ところが多くの人は、第一の心を本能とか自分だと思い違いして第二の心があることを知らない。だからこそ「情緒」という大地に知性という幹が根づき、そこから自分らしさの感情・意欲という枝葉が繁るように、情緒をきれいにするのが何よりも大切なことだと提言する。 あの「幼な児の無垢清浄な瞳を見ると、万象のほうから幼な児の真情にとびこんでくるのがよくわかる」ともいう。大自然にもっぱら情緒つまり心を育てる季節があるのだと――。大なり小なりこの時期に人は母の愛や心のふるさとの安心を培うのだろうか。そこで培われたものが、生きる意欲や存在の肯定に繋がる実在感を形成するのだろうか。 そんな童心の季節に還るともいう。アメリカインディアンは習俗として各人「秘密の場所」をもつ。そこで自分が自分の心に出会うのだ。鮭の母川回帰の生態もそうだろう。自分らの村が子供楽園村などを通して、心のふるさととしての安らぎの場所や懐かしい味を賞味する機会に活用されている実態もそうであるにちがいない。要はいつも情緒だけを取り出して、それを見ようとする生き方を採らなかったら、人は大きく迷うのではなかろうか。 また岡潔は「大自然の純粋直観が人の子の情緒の中心によく射すかどうか」とくり返し純粋直観の働きを強調する。 ふだんの自分らの言葉に置き換えてみる。たれにでもある経験だが、グッスリ眠ってフト目が覚める瞬間、パッと頭に閃くことがある。考えている時は悲観や知識のとりこに縛られた下らんことの堂々巡り。それが何も考えない頭の空っぽの時に思いもよらん見当違いの方向から道が開けることがある。「そうかぁ」と、心の光明、希望の朝が訪れる。零位に立つとか研鑽の醍醐味にも通じる。たぶんそのあたりのことを岡潔は「情緒を形に現すという働きかけが大自然にはあるらしい」と、生涯を「ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きて」いる実感を伴っていいあらわすのだ。 たまに岡潔と小林秀雄との対談『人間の建設』を読みかえす。岡潔にいわせれば自然科学で今できることは破壊であって建設ではないという。自然を見る目を、無形から有形物を創る建設的な仕事の方へ向けよという。それには情緒を大地にした知性ではじめよ、と。 2011年6月1日 自然と人為(30) 同行二人の心もち(上) 人は青春期のはじめ頃にぶつかったテーマから、一生はなれることはできないという。結局ひとりの心に現れた世界に向かって、自分が自分に出会うように還っていくのだ。 新しい寮生活にもなれて、秋の試験休みを奈良のお寺巡りにあてたことがあった。電車が関西線新堂駅に着くとどっと担ぎ屋のおばさんたちが乗り込んできた。窓越しからは小高い丘が遠望され建物の屋根にきらきらと午後の光が反射していた。どこかで小耳にはさんだことを確かめてみようと「おばちゃん、あそこがヤマギシカイか?」と尋ねると「そう」という。そうか、やっぱりそうか、とうなずきつつ妙に心惹かれるものが残った。翌日奈良市内に住む数学者・岡潔宅を訪ねた。当時文化勲章受章者でもある岡潔は、前年の随想集『春宵十話』の刊行で人間性についての警鐘を響かせている時の人でもあった。 自分の場合はきっと著書の見出しにもある「発見の鋭い喜び」に強く憧れや好奇心があったのだろう。そんなことばかり問うていた。「数学は百姓に似ている。種子をまいて育てるのが仕事で、無から有を創る仕事ともいえる。数学者は種子を選べば後は大きくなるのを見ているだけのことで、大きくなる力はむしろ種子の方にある……」等々とそらさずにきちんと応えてくれたことを記憶する。時に岡潔六十三歳、自分は十七歳だった。そして翌年の夏、特講を受講した。 いま自分が当時の岡潔の年齢に立ってみてはじめて、あのときの昭和三十年代の情景がいつしかひとつに溶け合い、自分の人生上の大発見はヤマギシズムという種子に出会ったことではないのか、とはばかりながら確信するまでにいたっている。 というのも、当時の自分には岡潔がくり返し述べ、晩年には絶叫するまでにいたる「情緒」の奥深さが感じられなかった。なぜそんなにまで抽象的観念的な概念をあえて振りまわすのだろうと思っていたぐらいだ。いまにして思えば、赤面、汗顔のいたりである。 あの数学を百姓になぞらえる喩えでも、本稿のテーマでもある「自然」への岡潔の関わり方をそのまま述べたものにちがいない。自分らの慣れ親しんだ表現では、 「雛や成鶏に教えられて心が和らぎ、子供の育て方から、家内中や社会の中での心のあり方、幸福の正体を見付けることが出来る筈」(『ヤマギシズム社会の実態』)であるように、岡潔に於いては、「山へのぼって、日の光をよろこんで(微風、芽若、みはらし)下りて」来る中で「大自然の純粋直感が働いて花の美しさがわかる」ように数学上の発見が訪れるようなものだったのだろうか。 岡潔はまた「人間が集団生活を営み得るというのは、他人の感情がわかるというアビリティがあるからで……」ともいう。つまり「他の悲しみを自分の悲しみと思い、自分の喜びは他の喜びとなる心境」(『二つの幸福』)にこそ理想社会の訪れがあるのだ、と。 いま少し岡潔の心の世界を覗いてみよう。 2011年5月1日 自然と人為(29) 一体に結びつけた形態 そこで資本主義的貨幣交換経済はさきの「金の要る間は要る」範疇の出来事だとしたら、そこからの転換というか、「要らないとこへ持っていこうとする」究明の糸口はどこに見いだされるだろうか。指標は「金の要らない心の要る、美しい心の要る譲り合い贈り合いの世の中に替える」にあるはずだ。 そもそものはじまりは、ヤマギシズムの提案者山岸巳代蔵が戦後芋と水の生活さえも続かず、心ならずも自活農業をはじめてみたところにあった。 「これは結構な職業で、反復作業が多く、体さえ動かしておれば、頭はかえって思考が纏まり、好都合なことを発見しました。なお経営を良くするために鶏の必要なことも解りました。そこで過去専業時代の養鶏法を、農業に織り込んで、相互関係を一体に結びつけた形態に改組したものを、農業養鶏と名付けたのです」(『山岸会養鶏法』) ここでの相互関係とは、個々別々の立場で双方の有利な関係を成立させていこうとする意味では、社交や取引や利害関係などの既成価値観に結びついてわかりやすい。しかし「一体に結びつけた形態」となると、具体的なイメージが湧かない。 このあたりを例えば「農法と養鶏の関連性」の項では、「また養鶏を取り入れるには、それに適合する農法に持っていくことです」として、鶏糞や鶏の嗜好や飼料面にも合わせての作付けや品種選定を枝が次々に枝分かれしていくように細心の配慮でその段階での一番適切なものが見いだされていく。しかも忙しすぎる農家心理にも合わせて、「営農上の必要に迫られ、嫌々やっておっても成績の落ちない」「機械的に動いて居さえすれば、その鶏は能力一杯稼いでくれる飼い方」に組み立てられた養鶏法だという。 かくして農業と養鶏を一体に結びつけることで人間社会が良くなる循環関連性に、ヤマギシズム養鶏の真髄があるとされる。あのマルクスの対象化した分だけ、対象とされるといった自然哲学を彷彿とさせる。 しかもなんとなく「適合」という概念が実行面で一貫することで「一体に結びつけた形態」のイメージがふくらみ、しかもそうした形態にゆだねた分だけ形態の方から無言の催促され、力づけをしてくれるような心持ちがするのは筆者だけだろうか。 というのも、この間の自分らの暮らしも経済も生産活動その他も一つに結びつけていく「実顕地づくり」の様々な試みがよみがえるからだ。あたかも実顕地自体が、柔らかい手で抱きしめ、不幸な子ほどなお可愛くなり、理解しようとしてくれる、そんな優しい温かい母のふところで思い切り甘えられる母体となりヤマギシズムそのものが父体となって、もうどんな人もどんな難問題が入ってきてもみな溶かしてしまう「一つ」に触れようとしてきたからだ。そこには求める(触れる)ものと応じるものとの一致から産まれ出る豊かさや温かさに抱擁まれる暮らしがあった。 2011年4月1日 自然と人為(28) 新しい価値論へ 物の価値はそれぞれ固有の使用価値があるにもかかわらず、それを得るのに使った労働に等しいとされる。それゆえ労働は物の交換価値の尺度になりうる。労働とは、その使用価値の生産のために社会的に必要な労働時間のことである。そうした人間的労働一般に還元することによって、等価として交換する関係に入ることがてきる。即ち交換価値という形態をとることではじめて商品に、貨幣に、資本にと必然的に転化・発展・移行されて現れるのだと資本主義的生産様式は一般に説明される。このことはさきの「人間は自然の一部」だとするマルクスの自然哲学にそえば、人間の自然への精神的・肉体的な働きかけ、つまり人間の自然化と自然の人間化の相互関係からうみだされたものに人為=労働「価値」をみいだしてきたのが今日までの資本主義的物質文明であったともいえよう。 たしかにふだんの鶏飼いひとつ振り返ってみても、事実自分の手だけでは卵にならんから、しゃもじや火箸使うように自分の手の延長に繋がる鶏として、彼らを満足さすことで、人間もまた人間の欲するものを得て良く生きられるわけなのだろう。 こうした人為、自分の手を手段あるいは道具としての「有機的自然」にすることを、マルクスは自然の価値化だとみなした。またそうみなすことで、商品としての交換価値に重きをおいた資本主義的貨幣交換経済の仕組みがうまく解明されてきた。 しかし、「米=(炭素+酸素+水素)×光熱=空気及び太陽等、肉=(炭素+酸素+水素+窒素)×光熱=空気及び太陽等」(『ヤマギシズム社会の実態』) だから、自然の形態や化合の変更の一部を切り取って価値と呼ぶにはあまりにもの人間の身勝手な言い分かもしれない。事実空気は食べきれないほど地球にあるのだから……。いや、そこにかけがえのない人間の労働力が加味されているから価値なのだと、貨幣交換経済を今日までの最良の方法として採ってきた人間史は応える。 そうした必然の経緯をふまえて『金の要らない楽しい村』の著者山岸巳代蔵は、「医者の要る間は要る、要らんようになったら要らんのよ、今でも金の要る間は要る、要らんようになったら要らん」というのだ。 たしかに「要るのが当たり前」と「要らないのが当たり前」とは根本的に出発点が異う。バイ菌が着くべくして病気になったとしても、つまり原因があって結果こうなったとしても、だから医者が要るとはキメツケられるだろうかというのだ!? 医者が要るという現象がはたして本当の生き方からのものなのかと。 価値論もしかり。さきの人間の自然への精神的・肉体的な働きかけを価値とみなすことで、人間社会は本当は大切なものを切り捨て、見失ってしまったかもしれないのだ。自然と人は一体のもので、人は自然から産まれたものだとする観点に今一度立ち返りたい。ことわざに「瓜(うり)の蔓になすびは生らん」とある。その真意を尋ねてみたいのだ。 2011年3月1日 自然と人為(27) 綜合哲学的に観る 自然と人為との関わりの理想のかたちを、さきに挙げた「人間の本質がどこまで自然に近づき、自然がどこまで人間の本質になっているか」の関わりのうちにみるマルクスは、「見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感じる、考える、眺める、感じとる、欲する、活動する、愛するなど、世界にたいする人間的な関係の一つ一つ」がその関わりにおいて対象を自己のものにする活動だという。しかもこの「自己のものにする」とは、たんに占有とか所有とかの直接的・一面的な享受としてとらえるだけでは足りないともいう。 例えば「心配事で頭が一杯の追いつめられた人間は、どんな美しい芝居を見ても何も感じない」ように、人間的感覚、感覚の人間らしさも又、それに見合う対象の存在によって、つまり人間化された自然によってはじめて生じてくるのだという。だからこそ、人間の感覚を人間的なものにするためにも、又人間界および自然界の富の全体に拮抗しうる人間的感覚を作り出すためにも、理論的かつ実践的に人間の本質を対象化する必要があるのだ。というのは他の動植物一般と異い、人間にとって自然とはたんに生活手段にとどまらず、全人類同属との繋がりを知る精神(心)をも齎すものだからだ、と。 こうした人間の自然への働きかけ即ち「私が対象をもったとたんに、この対象は私を対象とする」という中に、マルクスの自然哲学とも呼べるものがこめられている。 さきの空腹の例えでは、マルクスもいうように「腹へった」は自然の欲求だ。そこで空腹を満たし落ちつくために人為を尽くして自然にもとめる。つまり要求を充たすために対象に働きかけ、人間に最も必要な状態にする。自然の方ももとめに応じられた分だけ自然は齎してくれる。人間の自然化即ちパンを自然にもとめれば、自然は自然の人間化としてパンと化す、ということか。ところがそうした人間の自然への働きかけが、自然の欲求からいつしか「食べたいから食べる」といった慣性観念が主体となる人間社会に変質していく必然がみられる。 一方ライオンがシカを食うのは、それを使って生きなければ生きられんがためにそうしている。別に自然を自分らの思い通りに変えようという気持はない。しかし人間にはある。対象のすべてを「身のうちの手のようなもの」に変えたいという人間ならではの「普遍的」欲求だろうか。だからこそ人間の知能の用い方・活かし方が問われるのだろう。 そこでさらにおしひろめて、進んで止まぬ「綜合哲学」的に自然と人為の関わりを観るとどうなるのだろうか。つまりこの自然界のものは人間も使ってよいもの、他の動植物も使ってよいもの。でもこんなことを考えうるのは人間だけだ。それゆえか人間主体からの「食べたいから食べる」にとどまらず、自然全人一体社会の一員としての資格が米や肉や野菜などからそのつど問われる課題から人間は逃れられない。 2011年2月1日 自然と人為(26) マルクスの描く自然 さきの若きマルクスの『経済学・哲学草稿』から多くの示唆をうけた。例えば 「人間の普遍性は、実践的には、まさしく人間が自然の全体を自分の非有機的身体とする普遍性のうちに現れる」 「労働の対象とは、人間の類的生活を対象化したものだ」 「人間の本質がどこまで自然に近づき、自然がどこまで人間の本質となっているか」 「空腹は自然の欲求であり、だから、空腹を満たし落ちつくには、自分の外にある自然、外にある対象が必要だ。……私が対象をもった途端に、この対象は私を対象とする」等々。 なかんずく人間の本質と直結しない社会では、私たちは「所有」の感覚でしか人間社会生活を享受できない。だとしたら人間の感覚をその本質に於いて人間的なものにするためには、それに見合う対象の存在によって、つまり対象を我がものとする働き、自分の作り出した世界のうちに人間の本質・類的生活を対象化するという実践活動が欠かせないといった考察は今も直接響いてくる。 ここでは人間の普遍的な行為としての、人間の自然への働きかけ(労働)=対象化行為=人為そのもの自体に焦点が合わされる。 「そのことは労働が私有財産の本質だという主張以外の何ものでもなく、まさにそのことのうちに、人間の生活を実現するのには私有財産が必要だったこと、及び、今や私有財産の破棄が必要とされていること、以上の二つを証明する鍵がある」と述べている箇所だ。 ついで若きマルクスは直感的に瑞々しくもさきのアダム・スミス等古典経済学の考察、 「あのはじまりの、私がある野生の果実を寄せ集め、私がそれを好きなように処分することにはどこからも異論が出なかった。なぜなら寄せ集めるという私の労働(働きかけ) をつけ加えたものだから、私のものになる。しかもそのものを他の有用なものと交換できることで、そのものは価値としてみなせる」といった労働価値学説を敷衍しながら、 野生の果実とそれらを寄せ集める労働が結びつくことで新たに産まれた「価値」なるものが、自分が得たものは自分のものとする疎外(所有)の形式に於いてしか現れないという人類史の必然の核に触れていく。同時にまたそこに真の人間復帰をも透視するのだ。 こうした自然と人為との豊かな表現に、自然全人一体観に立つマルクスをみる思いがする。即ち自然とは人間の非有機的な肉体であり、人間が自然によって生きるということは、自然が人間の肉体だということであり、人間は死なないためにはたえず自然と交流しなければならない。「人間の肉体的・精神的生活が自然と結びついているということは、自然が自然と結びついているというのと同じだ。人間は自然の一部なのだから」と。 人間の人為を尽くして自然にもとめる姿に、全自然が自分の身のうちの手のようなものとして続いている一体性を観ているのだ。しゃもじも火ばしも、ただのモノではない!? 2011年1月1日 自然と人為(25) 物心両面よりの豊かさ 『ヤマギシズム社会の実態』の最終節は「万金積んでも買えない卵を」の一節で閉じられている。つまり、この卵は金儲け目当てに造ったものでなく、みんなが幸福になるために産まれた、心のこもった、金銭で買えない愛の卵であり、万金積んでも心は購えない。そんな混濁世界をヒックリ返す卵だという。 ここでの筆者・山岸巳代蔵の真意は奈辺にあるのだろうか。たれも愛や心までお金で買えるとは思っていない。ただ調理に必要だからと買い求めるだけで、そんな仰々しい「この卵」が無くてもふだん生活する分にはちっとも困らないはずなのに……。率直にいえば、とても不可解な言動ではないだろうか? いったい「心がこもる」とか「心を込める」とか「心の要る」とか「心を托し」とか「心を寄せて」と表現される「心」とは何を意味するのだろう。何かの比喩なのだろうか? またさきのヤマギシズム永久繁栄説によれば、真に必要で価値あるものは、求めるものと応じるものと必ず全面一致するはずのものだという。たとえば卵の供給活動一つみても卵の生産に先んじて生産されつつある「われ、ひとと共に繁栄せん」とする心がそれであり、今の社会にとって卵より何より先に生産し増産し活用者に届けたい「われ、ひとと共に繁栄せん」とする心の含まれた魂子(有精神卵)だとする。だから活用者に卵を届けるということは、はたして活用者の体温でヒヨコに孵して貰えるかどうか……イヤきっと受精さえしておれば孵るはず……といったワクワクするような実働行為でもあるのだ!? そういえばと、ふとかつて若きマルクスもある草稿で「お金」についての最終節を、お金で交換できない愛に言及するくだりを想いだす。学生時代そこの箇所に夢中になって赤線を引いた姿がよみがえってきた。 ……たしかに凡てのものを自由にできる力がお金にはある。つまり私の無能をことごとくその反対物に変えもするが、それはあくまで転倒された世界の出来事だ。だから人間が人間として存在し、人間と世界との関係が人間的な関係である、という前提に立てば、本来愛は愛としか、信頼は信頼としか交換できない。例えばもし「君が愛することがあっても、それに応える愛を呼び起こすことがないならば、……君の愛は無力であり、一つの不幸なのである」と。(『経済学・哲学草稿』) ここで若きマルクスはお金という現世でのゆるぎない交換価値を前にして、さきの山岸巳代蔵同様に愛とか信頼という青臭い夢想をただ並べてみたにすぎないのだろうか。 卵と心、卵と愛、愛と愛、信頼と信頼、これらはなにを物語っているのだろうか。 たしかに卵(物)が豊富にあることが人を幸せにするものではない。だからといって心の持ちようのみでは現実がままならない。そうかぁ、物心両面の豊かさや充ち足りた社会であってこそ本当のものなのだ!! だとしたら、物と心を一体に結びつける「形態」に組み替えられないものだろうか!? 2010年12月1日 自然と人為(24) 次につなげる、実在感 さきの「永久繁栄説論者としてのヤマギシズム」の資料研鑽後、有精卵の供給が増大するなかで破卵や格外卵の行き先を漠然と案じていたことがあった。実質価値が同一の場合でもただ規格に合わないという商品価値からの一方的な観方のみで、不当にと思えるぐらい安く市場に流されていたからだ。でもそれは、致し方のないことだとしていた。 ある時、最近の有精卵の黄身が白っぽいという活用者からの声に動揺してか、研鑽会でも由々しき問題にまで発展したことがある。その時誰かの「そうかなぁ、じっと眺めていると赤く見えてこないかなぁ」という発言にハッとさせられた。腐っても鯛ともいうが、確かに商品価値は低くても実顕地生産物としての真価は別かもしれないのだ。だとしたら破卵や格外卵も実顕地生産物であり、それにふさわしい活かし方があるはずなのだ。 そんな頃だ。あの永久繁栄説論者の資料での、例えば「その米をそこで米代として売却消費してしまえばそれまでだが、その米をタダの米として実顕地生活者のタダのものの生産の源泉とする」といった一節がふと脳裏に浮かんだのは。つまり、「次につなげる」とか「次に流す」とか「活かす」という箇所がポイントなんだとイメージがふくらんだ。 要は破卵や格外卵を売却消費してしまえばそれまでなのだ。 そういえば亀井のおばちゃんが第一回特講の懇親会の前に、卵の油とる実演をやっていたのを当時の会の新聞で読んだことがあったなぁ。破卵や格外卵で油とって供給できないか? えっ、そんなもの実顕地生産物とよべるものかなぁ? 邪道だよ。で、その油なにに使う? 傷口に塗ったり痔にも効くよ。古くから心臓病によいとされているらしい。しばらくは思い悩んだ。そんな薬九層倍的な代物を実顕地生産物だとしていいものかどうかのためらいを消せなかったからだ。 でも意を決してある日亀井のおばちゃんに作り方を聞いて、早速試作にと職場の休憩室で卵の黄身をフライパンで炒って焦がし始めた。もう無我夢中だった。周りの皆から臭い臭いとひんしゅくをかいながらも、全く気にならない自分がそこにいた。ただただ自らの中から湧きでてくる「やる気」に突き動かされての行為だった。 余談になるがその後この卵油は多くの人に愛用されるのだが、設備投資が象徴的にはフライパン一丁にすぎないところに、手前味噌的に「真価は原価にも通じる」というのはこのことではないのかと勝手に解釈しては愉快に思っている。まるでいつ廃業してもちっとも困らないところに、自分の人生観をかさねて見ているようで感慨深い。 それにしてもあの時の立ち振る舞いには今思いだしてもあきれかえる。あの自発力の源泉はいったいなんだったのだろう。「次につなげる」という表現に込められたものをただただ素直に写し行ってみようとしたにすぎないのに、今も生きて自分を支えている。 2010年11月1日 自然と人為(23) 喜び、喜ばし合いの世界 かつて記録的な冷夏による米不足現象から平成の米騒動(1993年)と呼ばれた時期があった。そして米の記録的な生育不良から生じた市場の混乱で、米屋の店頭から米が消える事態まで発展した。この年の全国の作況指数が74となり、東北地方ではそれを更に下回った。しかも世論はこうした米凶作の原因を冷害を齎した天災に求めて疑わなかった。 ところが、収穫がほとんど皆無に陥った青森県南部地方で、一ヵ所だけ反当り八俵を超えた農家があった。当時のある農業系新聞は、官民挙げてその原因を品種選定、栽培方法、水管理などの技術問題にあるとしていることを伝えていた。 しかし、テレビで当の農家のKさんは次のように話していた。 「有機質肥料を根に与えるよりも肥料分のあるところへ根が伸びていくように、しかも足りなめに施しています。あとは、稲も家族の一員と思って愛情をかけて暑い日は冷たい水を流すとか寒い日は水を深めに入れてやります」 当時そのKさんの話から、技術や方法でない心温まるものの実在を感じて共感をおぼえたことがある。年によっては日照不足も長雨もあるであろう自然環境へのこうした調和のはかり方の異いに原因の一端を見る思いがしたからである。 きっと稲は一生元気で暮らして良い子孫を残したいと願っているにちがいない。だから稲を楽しい思いの中で遊ばしてやることだ。稲に日光・空気・水・土などと共に成長・稔実画を樹てさすことだ。その間人間は、稲の好む状態に一寸かまって合わしてやるだけ。あの凶作は、人為の側が"愛する心"を見失い、稲を儲け道具と思って搾り、使い倒し、取り込むことばかりに血眼になっていたことへの、共生の世界からの警告だったのではないか。 ヤマギシズム農法では、毎年冬期に反当り五〇〇キロの鶏糞を施し、収穫期に五〇〇キロのお米を受取る。またその副産物の米糠・屑米・モミガラ・藁などはすべて鶏の餌や敷料に活かしている。だからお金でお米が食べられるのではなく、稲作があって養鶏が良くなり、養鶏を織り込んだために稲作もなお増収するといった一環の繋がりや愛する心があってはじめてお米が食べられるのではなかろうか。お金でお米が手に入るというのは人の一方的思い込みにすぎない。 またここでいう愛する心とは、凡てのものを活かそうとする大自然の姿、たとえば四季それぞれに新緑や花や実を齎す自然界の営み恵みから感じられるものであり、自らの内から湧いてくるようなものでもあり、この世界にそこはかとなく充ちているようなものだ。 自然と人為とのかかわりをもっと豊かに彩りたい。たとえば人間が自然を相手に労働を媒介に働きかけてきたという人類史を、事実は自然から贈られ、供給され、齎される恩恵に浴するばかりの喜びで応えたいのだ。 2010年10月1日 自然と人為(22) 自然全人一体の循環理 以前ヤマギシズム顕示博覧会で林業部門の次のような展示にもくぎづけにされた。 「1000ヘクタール林業構想 私たちのこの構想は植林してから伐採までの周期を100年とします。10ヘクタールずつ毎年植林を行ない、次々と植林していって1000ヘクタールの植林が終了したとき、一番最初に植えた10ヘクタールの木がちょうど伐採の時期を迎えることになります。 ひとたび、1000ヘクタールー単位が実現しますと、その翌年からは、今までと同じように一年間で10ヘクタールの植林を行ない続けるだけで、毎年10ヘクタール分、100年生の優秀な材木が安定供給される仕組みです。毎年、10ヘクタールを植林することで、すぐに100年生の材木が得られる。100年の歳月がなくなる。すなわち無時間の林業がそこに顕現されることになるのです。 まずは全国で1000ヘクタールー単位を実現しようと、各実顕地での山林取得が進んでいます」 すーっと身体が浮かび上がるような感動に包まれたのは自分一人ではなかったはずだ。そうだったのか、とここでも豊かさの源泉に触れられたような喜びがあった。 宇宙自然界の一体の循環の環に乗ると、かくも無時間でタダの豊かさを私たち人間も享受できるのだ!! 無尽蔵にいつもやることがあり、いつも産まれるものがある。どれだけ使っても減らない世界では、需要と供給とか生産と消費とかいう今までのけちな概念は一体という太陽に照らされて消滅してしまう。それは限られた資源の配分に汲々として時には略奪にまで及ぶ獣性を擁護してきた既成価値概念即ち個々人主義、自己中心(自己所属団体中心)観の終焉を告げるものであろう。 そうした共存共活・共栄の自然界では、植物が動物のエサとなり、動物が植物の肥料となり、炭酸ガスと炭素の循環などの相乗作用と反復回転で運営され繁栄しているようだ。だとしたら人間もまたこの自然界の動植物の循環原理に適応するために、一体の循環理に合う人類一体観から発する「一体精神」が必要とされる。すると今まで何の繋がりもないと思われていたことがその実大元のところで切っても切れない環として繋がっているという事実が見えはじめてくる。 自分らはこうした自然の理に即応した人間社会であることを目指している。そして観念改革だけでなく実践哲学として「一体」を研鑽することで、人間社会が良くなる循環関連性を実証しつつある。 たとえば自然界に見られるこうした共生共活の生態をいくら実証しても、そのことが人間自身の生き方まで繋がらない場合が多々ある。それは自らが自然全人一体の産物だとする観方・考え方に価値をおいていないからだろう。そこに「価値をおく」ことで、事実有るのは自然界の循環関連性のみで、蝶や花はもちろんたれもあくせく労働(生産)なんかしていない姿が見えてくる。 2010年9月1日 自然と人為(21) 永久繁栄説論者の弁 あれはたしかヤマギシの村に住み始めて十年目の1980年の正月だった。有精卵をはじめとする実顕地生産物の増産要請が日増しに高まるなかで、ヤマギシズムにとって八十年代は如何なる時代になるだろうかと皆で展望したことがある。 そして「真価は原価にも通じる」とする以下のような経営実学例題をとりあげた。 稲作と養鶏の活用循環経営のなかでは、裏作に作る小麦や緑餌や鶏向きの品目を栽培したり屑米や米糠などを全部鶏の餌に使うことで、餌代が倍以上の価値増しで卵代になり、その卵代をそのまま消費しないで鶏糞と共に米の生産費として使うことで、何倍かの米となって還ってくる。その米をそこで米代として売却消費してしまえばそれまでだが、その米をタダの米として自分たちのタダのものの生産の源泉とする。即ち餌代が米の原価になり、その米を食べた人件費のかからない人材で未利用資源を有効活用したり、荒廃地で自給飼料を作ったり、最初の餌代の原価そのものももっともっと下げていくことにより、米代そのものもタダに近づく。 こうした循環経営で各種生産物の原価が漸進的に下がって最終的にはタダ同然となっていく原理が理解できるだろう。(タダとは、原料価値が減量減価されない状態で再生産循環に入った状態をさす。空気や水のように製造した費用がかからないで使っても実質的には減らない状態) 衝撃的だった!! 自然全人一体観に立つことで成せるタダの経済とは、代価報酬の要らない大自然界の偉大な力と恵みに自我を捨てて順応し、そこに人間間でできる研鑽をくしした技術開発による人為を加える、その調和をはかることをいうのだ!! そうか、金の要らないとはそういう意味だったのかと。 なかでもそこで消費売却しないで「次につなげる」という観方考え方に、なぜか心が吸引された。どこにどのようにつなげていくかに、人為の人為たるゆえんが試されているようにも思えたからだ。また、「タダにしていく」という表現にどこまでも前向きで無停頓の律動をも感じた。 というのも何となく自らの心境を、例えば中国の古代の詩人、陶淵明の「桃花源記」の一節「鶏犬相ひ聞ゆ」とか「怡然(いぜん)として自ら楽しむ」といった隠遁の満ちたりた静的なイメージに重ねるきらいがあったからだ。だから一生涯新しさに臨む前進一路の姿が写しだされてきたとき、そんな自分に心が躍った。 それにしても「真価は原価にも通じる」とはどういうことなのだろうか。これを人間の生き方に当てはめてみるとどんな姿が描かれてくるのだろうか。そんなことを以後折に触れてくり返し自問していると、すべてを放して心開くタダの人間像が鮮やかに浮かんできてはっとさせられる。 代価や評価が横行する世界とは別に、そのものの価値が浮かびあがる世界がある。 2010年7月1日 自然と人為(20) 調和をはかる歓び ヤマギシ高級有精卵は鶏舎内の産卵箱の中で産み落とされる。モミガラが厚く敷かれ、光線がいっさい洩れぬよう暗くしてあるから鶏は安心して産卵する。産卵に要するエネルギーの消耗を少なくし、次の産卵を早めるよう人為の側からの心づかいであろう。 遠いその日、ふと手が鶏の尻に触れた際、温かな卵を手のひらに受けとめていた。殼を包むクチクラ層が空気に触れて乾くまでの数秒間、それは濡れて輝いていた。しばし見とれながら、生誕の秘儀にのぞめたことのラッキーな気分に浸れた。啼啄という、卵の内部からヒナが殼をつつくのと母鶏が外から殼を噛む時が相一致する世界、そんな世界の実在をすんなり受けとめられたような感動が湧いた。ひょっとしたら自分はとてもついているのかも知れない。自分の思い通りに鶏を飼うためには、同時に鶏の思い通りにも自分がなることだ。そう自己を位置づけ得たら、なんだか自分が解き放される自由感を覚えたものだ。その頃の自分は人との関係でいつも齟齬をきたして迷子の状態であったから、なおさらその光景が心に焼きついたのだろう。 山岸会の『養鶏書』に、「空気や水や草や塵芥が、卵に変わる自然の根本妙手を知ろうとしませんか」との一節がある。 また「心が豊かになりさえすれば、物が豊富になる」ともいう。 また「豊かさも明るさも観る一線の問題」ともいう。 しかも山岸会の趣旨には、「自然と人為、即ち天・地・人の調和をはかり」とある。 例えば自然の形態、風物がある。山川草木、流れる雲、鳥のさえずり、木々のそよぎ、四季折々に新緑や花や実を齎す営み等々。これらが単なる眺めや現象に留まらず、人の心に慰めや美しさの感動を与える場合がある。花は美しい、そのまま、私たちの心を慰めてくれる。ただ見るだけで、そのことが歓びとなる。しかも、そうした美しいと感じたり生きる意欲をかきたてるその正体は何だろうか、と想いを馳せるだけで不思議と心の中にも温かいものが満ちてくる。 そんな時だ。自然の子である人類とか人間は自然の一部分だといわれるわけを納得するのは。花は、心ある温かい人間に眺められてこそ咲き甲斐、生き甲斐もあり、米は食用されてこそ活きる。美しく感じたり慰められたり満たされたりするのは、既に私が一歩踏み込んで自然(対象・外界)の中へと融けあってあるからではないだろうか、と。 こうした自然と人間との一体的・双方的・循環的・共振的・活かし合いの関連性。「自然への働きかけ」とか「人為を尽くして自然にもとめる」ともいわれる自然における人間本来の姿にもっとせまっていきたい。 結局は自分の中にあるものを通してしか見えないし感じられないのだから、自然と人為の調和をはかる、その観方・考え方を深めていく方がよほど理想実現には効率がよいにちがいない。 2010年6月1日 自然と人為(19) 自然全人一体哲学 何かの雑誌から切り抜いた一枚のグラビア写真をときに眺めることがある。そこには次のようなキャプションがついている。 「祭りに参加した後、野宿するチベットの若者たち、十一月中旬、標高4700メートルの高地では、最低気温が氷点下二十度にまで達していた。過酷な自然のなかで生まれ育った彼らにとって、薄着で外に寝ることはさほど驚くべきことではないらしい」 瞬間、何も無いじゃないか!? そんな索漠たる思いが反射的に浮かんでくる。しかしニコッと白い歯を見せた若者の邪気のない表情からは、物の有る無しにかかわらず在るということ自体から突きあげてくる歓びのようなものが感じられて、そこから物こそと物を追い続けることの浅ましさ、愚かさを笑っているかのようにも見えた。 事実、この茫漠たる地にもこの時点この段階で齎されるエネルギーの余剰分の新たな使い道を見いだすことが先なのだ。それが戦争を必要としないラマ教の修道制度だったのではなかろうかといった考察を知ったのは、先の『呪われた部分―普遍経済学の試み』からである。バタイユはそこで、ダライ・ラマ十三世治世下でのチベット社会の軍事力放棄を高く評価する。それは社会の活力の超過量のはけ口を軍隊を所有する方向に向かわないで、成人男子三人につき一人の割合の聖職者(ラマ僧)を抱えることで消費したからであると分析する。「イスラムは超過分を残らず戦争に、近代世界は産業施設に充てた。同様にラマ教は瞑想生活に、この世における感性的人間の自由な遊びに充てたのである」と経済の普遍的法則を解明していく。 「人間の欲望に際限がない」と欲求本能学説に立つ従来の経済学の原則からすると、まさに驚天動地の発言とはこのことだ。 自分らのふだんの研鑽テーマに、「既に受けているものへの歓び感受」というのがある。なるほど人は皆、生まれた時から大自然の恵みをそして人類が積み重ねたものを受けるばかりで、あたかも生まれてから死ぬまで、母体に抱かれ母乳を飲んで暮らしているようなものだとたとえられる。雛が生まれ出るなり、米山の上にあり、米のようなものは何時でも食べられる、満足を与えるヤマギシ養鶏で育つ鶏の富貴の相を彷彿とさせる。 だとしたら、「而うして、鶏や他の動物を通じて真の人間を発見してみましょう。人間社会のあり方に関しても」(『獣性より真の人間性へ』) とあるように、自分らも人為を尽くして自然にもとめる人間の、自然における位置を、自然全人一体観を駆使して新しく発見してみたいものだ。 いつかのヤマギシズム研鑽学校で、事実・実態と人間の考え・思いとの異いを研鑽したことがある。自分が思いかかずらう心の葛藤の外に、それとは無関心にじつは事実が、自然が実在する、といった気づきだ。その時の「ハッ」とした感じは今も消えない。しかもその心地よさといったら……。 2010年5月1日 自然と人為(18) 月界への通路をひらく 先の『現代社会の理論』で見田さんは、フランスの思想家バタイユが例えば朝の陽光という単純な要素にそれ自体が直接に充満であり歓びであるような「消費」の極限の一つをみる観点を援用しつつ、禁欲でない歓びの追求を通して現代のマテリアルな消費に依存する幸福のイメージを解き放す可能性を見出されていた。 じつはバタイユもまた、あのモースの『贈与論』に震撼して物々交換に先んじて贈り合いという人間精神の形態に取り憑かれた一人だ。戦後間もなく刊行された『呪われた部分―普遍経済学の試み』は、普通考えられる常識観とは逆手の著述だ。ずっと以前、最も不自由だと思っている中にこそじつはヤマギシズムでいう自由があるのではなかろうかと研鑽していた矢先だったからか、なぜか身近にバタイユの言説が感じられたことがある。以来毎年タダの祭りが近づくと、普遍経済の「普遍」について想いをはせるようになった。そこからタダのもつ深奥に触れられる緒口を直感したのだろうか。とうとう思い昂じて彼が最晩年を過ごしたパリ、サン・シュルピス教会の周辺をほっつき歩いたこともある。 従来、経済活動での生産―売上げ、そこから経費を引いて得られる差引残高に一喜一憂するのは、不安・資源不足・欠乏という個的観点から出発しているからだ。もしも普遍的観点から出発するならば、資源過剰こそ問題なのだ。生命体は、原則として生命体の維持に要する以上の富を受けとる。当然それは成長に利用されるが、無際限にという訳にはいかない。最終的にはそれを消費しなければならない。繁栄のために却って見返りなしの一方的な贈与が必要なのだ、と。 バタイユにいわせれば、人間という存在自体が最も豪奢な燃焼そのもので、その源泉、生きる力のもとは太陽といってよい。この太陽エネルギーから齎される一方的に与えるだけの豊かさの結晶としての凡ての地球資源・生命・人為などを蓄積や戦争なしに使い尽くす(活用する?)ことが、生産に先だって人間社会に課せられているのだという!? まさに「呪われた部分」なのだ、と。 ああ、それで必然「いっぺん戦争でもして生産を減らし、焼き合い殺し合いでもしない限り物が多くなりすぎて人間の住む場が狭くなる」(『金の要らない楽しい村―ヤマギシズム生活実顕地 山田村の実況』) のであろうかと、戦争の原因を妙に納得してしまう。 それにしても、豊かさから出発する普遍的観点と不安や不足感から出発する個的観点の根本的な異いに驚かされる。自分らの表現での自然全人一体観と自己中心観との異いにも当て嵌まるだろう。 「われわれの富の源泉と本質は日光の中で与えられる……太陽は与えるだけでけっして受けとらない」(『呪われた部分』) こんなあたりまえの単純な事実・実態の中へと、あの祭りの手渡しの光景を通路にして入っていけるような気がしたのだ。 2010年4月1日 自然と人為(17) 放してこそ豊か さきの村祭りでは紀伊国屋文左衛門の梵天丸を摸したみかん船や卵で富士山をかたどった卵富士や牛の丸焼きや会場内を「ゴミくださーい。ありがとう」と呼びかけるゴミ収穫隊の登場など様々な演出を通して、不特定多数の人々の心の琴線をゆすり続けた。まさに世紀の大実験でもあった。ある年には、自分らの心に刻みつけようと大きく「放してこそ豊か」と書かれた高さ四メートル幅五十メートル近い横断幕をやぐらにくくり付けて、その上から百俵分の餅まきをしてみたこともある。 はじめて参加した子らに「何がよかったか」と尋ねると「タダがよかった!」と即座に応える。何か霊感のようなものが閃くのだろう。ある年の雨降りの中では、帰りがけスリップして動けないでいる車を「お父さん、僕らも散財しよう」と言って後押しする通りがかりの親子の姿も見られた。 九十年代に入り、物を山に積み上げて手渡す光景から、小さな子らが大事そうに一個の卵やプチパンなどを「ハイ、どうぞ」と手渡し、それを微笑んで受けとる心満ちたりた光景が目立つようになった。その頃のメッセージに、 「この日、地球上の一角にすべてタダの社会が顕れます。あたかも宇宙自然界が一切の見返りを求めない一方的な贈り合いだけで成り立っているように『タダ』の心が満ち満ちた社会です。……自分も何かやりたくなってくる、贈りたくなってくる、そんな気持ちからの行為が社会に溢れたら、いったいどんな社会になることでしょう」とあった。 一人の心からの行いが万人の心に響くものだ。心が呼び醒まされるとは、こういうことだったのか。今わが目の前を通り過ぎていくものを、ただ漫然と見すごしてはならない。この事実・実態の中へと集中力を切らさずわけ入っていくのだと、心に刻んだものだ。 例えば雨の日、傘をさして歩いている時、向こうから傘なしで濡れてくる人がいたら、ふっと「この傘を使ったらいいよ」と差し出したい気持ちが浮かぶだろう。でも普通はそんな一瞬の気持ちが湧き出すか否かに(でも自分の方が濡れて困るな)といった様々な理由など何か観念づけたもので打ち消してしまう場合が多い。もし実際に最初に浮かんだ気持ちで傘を差し出してみたらどうだろう。きっと相手も困っていた時だから、差し出されたものへの歓びもひとしお増すのが人の情ではないだろうか。 琴線に触れることで、自分も何かやりたくなる、贈りたくなる、次につなげたくなるものが湧いてくる。それはいったい何の力にうながされてのことなんだろうか? それと「放してこそ豊か」と表現される世界とどんなふうに関わるのだろうか。 そんな自問自答を日々くり返していると、いつしか目に見えない感じないものへのなじみができてくるのか、何かほのぼのとした温かいものに抱擁(つつ)まるるのが不思議だ。 2010年3月1日 自然と人為(16) 金の要らない村祭り たしか「つくば科学万博」(1985年)が開幕されていた頃、それまで毎年5月3日山岸さんの命日に会員有志が寄る墓前祭を、広く金の要らない村祭りとして顕していけないものかと研鑽したことがある。具体的には、祭り本来のハレの日にふさわしいテーマの設定からはじめ、あのリオのカーニバルにみられるようなその日は常識はずれで無礼講・解放的な精神の浄化作用・誰の心をも呼び醒ます公共性などの要素を盛りこんだ、どこにもない祭りを描いた。 テーマは散財…持たないあり方の一つを顕す 大衆から得たものは大衆へ還す また食べ物に限らず持ち寄りの店はすべてタダで、厄払いの意味もこめて『散財箱』も設置した。その案内に、○散財とは財を放し散らすことを意味します。○一年に一回春まつりは所有・蓄財から解放される一日です。○散財された財貨は当地伊賀町が管理し広く天地自然界 公共のために再生使用されます。等と記した。 こうしてはじまった金の要らない村祭りも、あれよあれよといううちに出入りの業者や地域やマスコミも巻きこんでいつしか十万人を超える壮大な社会実顕と呼べる質の祭りにまで進んでいった。『世界革命実践の書』の一節「実に華やかなお伽の国のような、しかも真実の世界があり」がおおほらでなく、自分らの日々の普段着のヤマギシズムたらんとする生活が実はハレ着であったことを思い知らされた体験だった。 当時のある新聞のコラム子は、散財とは奇抜なアピールだが、考えてみれば私たちはため込むことが生き甲斐のようにしているが裏返せば将来や社会への不安や不信があることに気づかされると書いていた。一つの理念を形まで顕してみようとする試みが、人の心の琴線をゆする事実も知らされた。 もちろん人が集まってこその祭りだからと、前年は歌手の加藤登紀子を、この年は高石ともやコンサートを企画したり、天王寺駅から直通の春祭り列車が出たりして大きな話題にもなった。しかしそれだけで終わらせず、祭りの中にヤマギシズムを顕そうというのだ。社会に向けてヤマギシを表現する元年でもあった。 当時自分は会場設営係として心したのは、会場設営を通しての祭り会場の気風づくりだ。そこできっと誰の心にもあるにちがいないそんな願いをこめた横断幕を道の両側の松の木や電柱をかりて掲げてみた。 「すべてタダの一日」「心あらば愛児に楽園を」「美果が甘露を湛えて人を待ち」「見るもの聞く声皆楽しく」「やがて世界中がそうなる」等など。 するとこうした横断幕を毎年掲げ続けていくことでふっと解けてくるものがあった。そうか、「理想郷の門戸を開き」とか「明るい昼の世界への枢(とぼそ)が開かれ」るともいうが、それらは自分の心を素直に開いた時に映しだされてくる光景なのだ、と。 2010年2月1日 自然と人為(15) 贈与の心を呼び醒す そこでまずAのヤップ島の石貨にみられるような、贈与がくり返される中で価値が増えるという社会実態の俯瞰から始めてみることにする。 二十世紀前半、フランスの社会学者マルセル・モースは論文『贈与論』において、ポリネシアやメラネシア、或いはアメリカインディアンや古代ローマやゲルマン民族、インドなどの社会を検証する中から、資本主義でも共産主義でもない贈り物の形態でなされる社会を発見して多くの思想家に影響を与えた。それは、物を貯め込むよりも惜しみなく与える方に、交換よりも一方的な贈与に、生産や蓄積よりも大判振る舞いや蕩尽に、労働よりも遊びに価値をみる社会であったといわれる。またこうした社会では、物を贈られたら、同等或いはそれ以上の返礼を、義務づけられているというよりむしろ無意識的に応えたくなるのだという。かつてはメラネシアの島々を贈り物を積んだ船が廻り、贈られた側は次の機会に贈る側に廻るという一つの環(クラ交易)の中で社会が営まれていた。 このクラの慣行については文化人類学者マリノフスキーの『西太平洋の遠洋航海者』にくわしい。「所有するとは与えることだ」とか「分かち合い、贈与したいという、人間の基本的な衝動……贈り物の交換をとおして、社会的なきずなをつくりたいという根強い傾向」などと分析しながら未開人の心を尋ねる様々な接近を試みている。 こうした、今の文明観からみたら首を傾げたくなる振る舞いを、なぜ未開の社会は最も価値ある行為とみなすのだろうか。そこにどんな力、価値観が働いているのだろうか。この百年で様々な解釈があり、大勢は贈与から貨幣経済への文明進化の過程として、人格的行為(贈与交換)と非人格的行為(経済的交換)の分類・分離として位置づけられてきた。そして今やその延長線上に、自然の生態系をお金で価値評価し、やがて空気や太陽光線までも「証券化」して売り買いする時代を迎えつつある。これらはみな金で全て購(あがな)えるとする所有観念に憑かれた人間行為の傲りかもしれない。自分が汗して働いて手にした富を自分のものとして独占することに、とやかくいわれる筋合いはないのだ、と。 自分らにしても、もしふだんの「無給料 無報酬 無分配」とか「無位 無階 長 上下なし」といったヤマギシズムの仕組みの中で醸成されてくるものに依らなかったら、「与えて喜び、受けて喜ぶ贈り合いの世の中」といった表現にリアリティを感じられないにちがいない。そこでの暮らしの空気を吸っていなかったら、実感が湧かないだろう。それぐらい思い描くことが難しい「終わった」世界として今や片隅に追いやられている。 特講の入門書として扱われている研鑽資料『世界革命実践の書』を、今世紀版『贈与論』として読みかえてみたい。例えば玉子を魂子に、有精卵を有精神卵に、といった具合に贈与の霊を動かす(活かす)のだ。 2010年1月1日 自然と人為(14) 豊かさの原義と後先 こうした「所有」研鑽談義を通して自分らは、「彼の労働は彼のものとみなす」ことは相手(彼)を他人と見ているからで、人と人との間に何ら取り引きや貸借の金銭受け渡しを必要としないのが人間本来の姿ではなかろうかと知っていった。いくら働いても、どのくらい実績を上げてもタダ働きで、逆に夜遅くまで仕事をやったために夕食の珍味がなくなっている場合があるのに不平不満が出ないばかりか仕事のやる気に影響しない。そんな「報酬を求めない心」が自分の中にあることを知っていった。 見田宗介著『現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波新書) は、この情報化/消費化社会の持つ魅力を否定しないで本当に「自由な社会」につながる道を探ろうとする意欲的で刺激的な論考だ。 見田さんは、自然界の蜜蜂は花蜜のにおいに酔わされ誘われることで、レンゲやナタネの生命の再生産の一貫に組み込まれている共生共活の姿を見据えつつ、現代社会に内蔵する必然の新しい蜜蜂の寓話を読みとろうとされる。つまり「人間の欲望に際限がない」とする経済学の原則(?)を否定しないで、フランスの思想家バタイユの考察を援用しながら、たとえば〈消費〉を本来の意味での豊かな「それ自体が生の歓びであるような」消費社会への展開(転回)をはかることで、そこに秘められた豊かな可能性を引きだそうとされる。 それは見田さんも引用される一節 「たとえばそれは、ごく単純にある春の朝、貧相な街の通りの光景を不思議に一変させる太陽の燦然たる輝きにほかならないこともある」(『至高性』)などにみられるように、この朝の陽光を幸せというか奇蹟的な価値と感じとれるところに、最も贅沢な〈消費〉の極限の一つをみてとるのだ。 こうした一節は、高度消費社会の真っ只中に生きる現代人には抽象的な戯言ぐらいにしか聞こえないのではなかろうか。 ここで見とおされているのは、消費の定義の転回である。従来の商品売買による消費という性格から、むしろ消費を豊かなものにしていくという自分らの表現でいう「活用」の方向へと舵を切ろうというのである。ところが物が先に豊かになると、人は「人間社会はこんなものだ、これでよいのや」と観念づけてしまいやすい。実質豊満な中にあって、豊かさを求めながらみずからそれを受け入れない間違った欲望や観方観念に拘束されている場合もあるからだ。「所有」が問われるのはここなのだ。 あえてバタイユが「貧相な街」と表現することで、現代では「貧しさ」の位置からでしかホンマの奢侈とか豊かさの意味が見いだされないということを示唆しているようだ。 あの所有という持った観方、考え方を放して心開くことでおのずと飛び込んでくる豊かさがある。それは自分らの物語『山田村』の酒呑みで身寄りのない裸一貫の宇吉の姿にも重なるようで、興味が尽きない。 2009年12月1日 自然と人為(13) 「所有」研鑽談義 「そもそも『所有』とはなんだろうか」 「そりぁあ持っているということだよ」 「じゃあ、持つとは?」 「自分のものを持つという。勝手に使わせないとか」 「じゃあ、どこで持っているんだろうね」 「そりぁあ自分のものだとする考えで持っているんだよ」 「ああそうかね、考えで持っているとは?」 「だって今ここで家があると思っていても、焼けた場合、焼けたということを知るまでは家があると所有観念で持っているだろ」 「そんな自分のものだと思い込んでいる部分が多いね。事実はどうなるか分からないものを、常識で所有している感じがする」 「だったら君のところの地所は、いつから君のものになったんだろうね」 「親から譲ってもらった時からかな、金を払った時からかな? それと法律でも認めているから」 「それで自分のものといえるかね」 「そりゃあ、じっさい社会的にもちゃんと金を払って、登記所で登記してあるし、自分のものだというたしかな実感もあるよ」 「ああそうかね、じゃあ、自分のものだという実感はどこから生まれるのだろうね。実感がない人もいると思うからね」 「そうか、だとしたら金を出して買ったら自分のものだとする所有観念が自分にあるから、自分のものという実感がくるんだ!」 「そうなんだ。自分のものといえるか?、と問われて、自分のものといえないとかいけないとかを検べるでなしに、自分のものといえる自分の考えはどうかな?とそこに焦点が当たってくると面白い」 「じゃあ、本当に自分のものといえるのは、どういう状態の時だろうね」 「それは自分だけの力で創りあげたもの」 「自分の身体は?」 「一時若い女の子が、わたしのからだ売ってなぜ悪いの? 自分のものをどうしようと私の勝手でしょとあっけらかんとした反応が話題になって驚かされたね」 「身体も自分だけの力でできたと思えないから、自分のものといえない」 「自分の思いや考えは?」 「もちろん皆他から受けたもののみばかりだから、自慢することもないなぁ」 「所有できないのが本当かなぁ」 「自分のものでなかったら誰のもの?」 「みんなのもの?」 「自分一人のものでない人が幾ら寄ってもみんなのものにならないよ」 「身体も心も物の考え方や能力も誰のものでもない、か」 「家・財産を放したのも、自分の考えを放したからだったね」 「あの放しきった晴々とした心境実態は、やった人でないと味わえないだろうなぁ」 「誰のものでもない、という理念に則応した分からもたらされる境地なんだろうか」 2009年11月1日 自然と人為(12) 心と物の結びつき なるほど自分のものとして囲うことでの、そこから得られる自由感やかけがえない自分らしさが確かめられる愛着感などは、人類史の総意が積みあげてきた人間的感性の労作かもしれない。ただ眺めるだけにすぎない各種モノ雑誌をめくるだけで、そこに漂う上質感、こまやかな配慮、センス、気まぐれで多彩な欲望など単なる有用・有益を越えた人間ならではの過剰さに眩惑させられる。 しかしこれらのモノは商品となることで、つまり金で購うことではじめて自分のものという感覚が得られる。その物が価値をもつのは、そこに人間の労働が対象化されているからだ。だから価値は物(商品)の側に附着する。いいかえれば、商品は他の商品と関係することで自身を交換価値たらしめる。金を儲けるために造り売る商品形態の社会だからだ。 だとしても、人間本来のあり方として「彼の労働は彼のものと本当にいえるかどうか」の問いは今も新鮮に問われるべきであろう。人間生存の源泉、物質的精神的価値を、人為を尽くして自然に求めるというかかわり。そこに求めるものと応じるものと必ず全面一致する調和点が見いだされてくる。そんな豊かさの源泉がありありと見えるではないか。 ところが既成の経済学は「彼の労働は彼のものとみなす」所有の事実から出発する。必然地球上の天然資源は資本とみなされ、人間からの働きかけがあった部分だけ、有用価値としてみなされる。資本主義、労働価値学説の誕生である。どこかみみっちいのだ。 自分らは、地球自然界を無限の豊かさを内包する固まり、価値そのものとみなしている。そして「欲するものが、欲しい時に、欲しいだけ、自由に、労せずして得られる」状態を一角からでも醸しだし、それを享受する感受性を磨いたり溢れる豊かさの意味を探りつつある。そのためにも、みずからのけちくささを転換する革命、「彼の労働は誰のものでもない」とするおおらかな「タダの人」になり合う研鑽・実践にかけている。 「人間の欲望に際限がない」と、これが従来までの経済学の原則だった。そのためにか、欲しい物を得るために働く、働かなければ得られないという観念にがんじがらめにされてしまった。欲求と労働を結びつけてしまった差引残高表を見とどけてみたいものだ。 諺に「長者三代続かず」とあるが、個々に所有し対立し反目し合う社会では利害は常に相反し、一方が儲けると必ず片方が損する仕組みになってある。三代も続けて優位を確保することが困難で何時か誰かに取られる。 また物の豊かさから心の豊かさへと叫ばれて久しいが、誰も本気にはしていない。確かに物をもらったら喜んだり、心が明るくなる。しかし本当に相手のくれる心に触れてうれしいのかと問われると怪しくなってくる。心の豊かさだけでは腹はふくれないとタカをくくっているからだ。「衣食足りて礼節を知る」ともいうが、物の豊かさの先に心の豊かさを結びつけてしまう独り決めのおかしさよ。 2009年10月1日 自然と人為(11) 労働価値説の彼方へ そこでソウル大の入試問題、提示文Aの古典派経済学、アダム・スミスの論述に先立つ労働価値説の原初的な考えをジョン・ロックの『統治論』にみてみる。 例えば森の中の樹木から寄せ集めたリンゴを食べて生きている者は、いつから彼のものとなったのだろうかと問う。それらを消化したときか、食べたときか、あるいは煮たときか、それともそれらを拾ったときだろうか。もちろんそれらを寄せ集めたときだ。その寄せ集めるという労働が、万物の共通の母である自然がつくった以上の何ものかを、それらに付け加えたからである。彼の労働が、それらを自分のものにするのだという。なぜなら彼の身体の労働とその手の動きは、まさしく彼のものであるから。こうして、つまりどんぐりや水など自然の共有物からパンや葡萄酒にまで変えるためには、多くの労働の成果が価値として占められ、所有権を獲得し、彼の財産となっていく。しかも無駄に腐ってしまわないように必要の限度を超えた財産は、他人の同じように腐敗しやすく有用な日用品と交換することもできた。そこで人々が相互に同意することによって、耐久性があり貯蔵できて何時でも有用な日用品と交換できる貨幣の使用も始まった……と。 すでに損得とか売り買いとか食べるために働くという経済観念や商品価値観が人々の脳裏に刻まれ謂わば互いに他者である間柄でのみ通用する、その「今」を理解納得するためにその始まりを自然状態までさかのぼり、そこから実感的な想像力を働かせながら所有権の立証をこころみている。でも山岸会の特講で、何時どこから自分のものになったかを参加者で検べ合う「所有」研鑽を彷彿とさせるくらいだから、ロックなどの検べ方には時代を超えた自然な心の動きが感じとれる。かのアダム・スミスも「もし私がある野生の果実を集めたならば、私がそれを好きなように処分することは、その観察者にとっては妥当だと思われるだろう」(『道徳感情論』)と、直接利害関係を持たない公平な第三者の視点からも同感できる、「観察者」という概念で論じているところと重なるだろう。 ただ一つ、山岸会の「所有」研鑽と異なるのは「彼の労働は彼のものと本当にいえるかどうか」の始めの一点にかかっている。人間の労働力を価値としてみなせるか否かでその後の展開は真逆の方向に向かうからだ。 たしかに人類史のその後は、人間的労働力に価値を、即ち労働時間によって私的諸労働の社会性を実現することで、人類発展史を彩ってきた。つまり互いに私有する狭い範囲内で、自分の種々の欲求をまるで身のうちの手足が広がったような自由感を伴いつつ誰もがそのことで充たされる思いを実現してきた。それは人類が成し得た一つの自己実現でもあった。 だとしても「彼の労働は彼のものと本当にいえるかどうか」の肝心な一点の究明は、未解決のまま放置されているようにみえる。 2009年8月30日 自然と人為(10) ソウル大の入試問題から 以前韓国のユン・ソンジュン君からソウル大学入試の論述テストにヤマギシのことが載っているとのメールが届いたことがある。 問題は「提示文Aに出てくる経済体制の各要素と比べて、提示文Bの@〜Cに提示された各社会の経済的特性を各要素別に比較、分析しなさい。このような分析に基づいて、提示文Bにある経済的特性の一部又は選択的組み合わせを通して提示文Aにある経済体制を代替できるか、又は構造的に補える可能性があるかどうかの可否とその理由を論じなさい」とある。 この提示文Bの一つに「無所有を人生の根本価値としているお金が要らない社会」が紹介されている。要約すると―― 提示文Aは多分アダム・スミスの『国富論』からの一節だ。人間が消費する生活の必需品や便益品は、人間自身の労働の生産物を原資とする。だから労働の生産力が増大すれば必然すべての人が物の豊かさを享受することができる。しかも人間は自分自身の利害に対するもって生まれた配慮から、自分の必要とする物をすべて自分で手に入れるよりは、取り引きし、交易し、交換するといった性向を備えている。そこから交換可能性がより広がるように分業が全社会的に浸透し細分化・専門化され、市場の規模も大きくなっていく。また商品は市場で交換される。しかも商品の実際の価格は需要と供給の関係で上下する市場価格とよばれる。それは地代と労働と利潤との総価値の自然価格を上回ったり下回ったりするが、市場は供給される商品の量を自然に有効需要へ一致させるはずだ。 しかもその商品の価値の大きさは労働の量に比例する。しかし、二つの異なる労働量の割合を確かめるのは困難である。日常の取り引きではむしろある他の商品、貨幣でその価値を評価される方が自然で明白である。貨幣がすべての商品の本当の交換価値の尺度だといわれるわけである、と。 提示文Bの@は、かつての旧ソ連の生産手段が共有化されていて市場を否定する経済運営下での「社会主義経済計算論争」が紹介され、Aでは南太平洋のミクロネシアのヤップ島にみられる大きいものは二メートルを超える石貨幣の慣習から、一般に貨幣は交換を媒介するものとされているが、未開の非市場社会ではむしろ逆の贈与の一環としての石貨幣の価値概念が生きているとみなす人類学者の分析を紹介し、Bでは、中世西洋の封建社会での荘園を基本単位としてその中で全生活を自給自足できる農業経済を紹介している。 そしてCでは、韓国にもある共同所有とは異なる無所有の、お金の要らない仲良い社会が紹介されている。確かに提示文Aに対する提示文Bの@社会主義的計画生産、A贈与経済、B自給自足体制、Cヤマギシズムの経済など生産物が商品にならない特性は資本主義的貨幣交換経済を相対化してやまない。面白いなぁ。ひとつ皆で解いてみようではないか。 2009年7月2日 自然と人為(9) 自分がどこにいて観るか 以前ある小説を映像化した映画を見たことがある。男女間の修羅葛藤の暗たんとしたやりとりが続く作品で、全編灰色のイメージで貫かれていた。ところが二人の最初の出会いを暗示させる海の青と島の緑と砂浜の白の情景が突然ほんの短い時間映しだされた時、思わずカラー作品であるにもかかわらずパートカラーのような鮮やかな印象に面食らいながらもその実ホッとするものがのこった。そうか、心の葛藤と「自然」は全く異うというか無関係、むしろ背反するのだなあ、といったそれは発見にも似た感慨だった。 人間よりの思い考えの延長線上からは「自然」は見いだされないのではないか。だとしたら自然の子である人間は如何にして「月界への通路」をひらいていけるのだろうか。 普通多くの人の、自分の私有財産や地位なんかがなくなったら絶望的だという感じをもってそれらにしがみつきたくなるのも、自分よりの思い考えで何でも理解しようとしているからだ。他にも「零位よりの理解を」という理解の仕方があることを傲慢にも知ろうとしないからではなかろうか。 二つの幸福とはよくいったもので、要は幸福感と真の幸福の区別が解らなく、幸福感を本当の幸福なりと感違いをしているからだといわれる。自分よりの当たり前の基準を動かしてみようとする謙虚さが求められる。 だとしたら例えば、お金を支払ってモノを買うという、ありふれた日頃の経済行為はどのように分けられ、どこで感違いしていることになるのだろうか。 例えばモノそのものは、今も昔も人為を尽くして自然にもとめて得られるもので、そのモノにお金を支払っているわけではない。なぜなら自然界から口銭はとれないからだ。 つまりお金を支払(祓)って買うという観念習性(人間の社会的交換)がうまれたこととモノとは本来関係がないのではないか。そういえば参画時の物財の出資に当たって、借金も出資の対象になっている。たしかに返さんならんという自分よりの強迫観念を持っていなかったら、どんなに借りていても有るのである。モノを自分がどこにいて観るかの一線の置き方しだいで、事態は一変する。 研鑽資料『金の要らない楽しい村 山田村の実況』で、周囲からは「困った男だな、気の毒な人だな」と思われている酒呑みの宇吉に語らせる箇所がある。 「戦地から復員した時も裸一貫、それから殖えたのは借金ばかり。(略)俺が毎晩呑みに行くので酒屋もようはやる。死んだ言うて、ひとさんに悲しい思いさしたり、親兄弟を泣かしたりせんでもよいし、いつ死んでも思い残すことはない。お寺の和尚さんがお説教で言う、これこそ往生極楽詣りというものよ。財産欲しいと死に際に往生際の悪い思いしたり、亡者になって帰ってくる心配もいらん」 宇吉にしてみれば却って周囲の方が哀れに見えるようなのだ!? 何れが正か逆か、見届けてみたいものだ。 2009年6月2日 自然と人為(8) 食いはぐれのない世界 続いて『獣性より真の人間性へ』の本文には「今の通貨をそのままで昔の価値で物が購える方向に持って行ったなれば、暮しがなお楽になり喜ぶ人がたくさんあると思います」とあるが、昔の価値とは何時の昔までさかのぼるのだろうか。「二十年余り前に卵一個一銭より下値で売った事があります。仮に五銭としても百円で買うと二千個家庭迄配達してくれます。毎日百個宛食べても二十日かかり早く使わないと腐敗して来ます。魚屋も肉屋も勉強して押し売りします。かようになるまで食に飽いてきます」というぐらいだから、どこかで既成経済学の概念から脱却しないとついていけないところがある。 他にも本文には「全人類が無くなっても残る程、衣食の山を積む必要がないとする物質観」とか「働かないで、米が空気や水のように得られる」とか「身体よりの物欲」と「心よりの欲求による物量」との異いや「物の偏在機構」の正備等々言及されているが、筆者はいったいどんな世界観に立ってどんな豊かさを実現しようとしているのか興味あるところだ。そこで「金の要らない」とか「働かないで」の意味するところを自分らの来し方行く末に重ねて探ってみたいと思う。 あれは高校生の時分だったか、今は亡き作家小田実の山岸会訪問記を読んでいて、次のようなやりとりに遭遇した。 「オッチャンもここへ入りいな。ここにいたら絶対、食いはぐれがあらへんで」(中略) 「子どものノート代やP・T・Aの会費はどうする」「私が払いますねん。その予算とってあるさかい。お父さんとこへ行ったかて、お父さんは一円も持ってはらへん」彼女はケラケラ笑った――。 底が抜けるような衝撃をうけた。「これだっ!」と今ふり返れば人生経営の決済を下した瞬間だ。二、三日後には、何時間も汽車を乗り継いでたどり着いた山岸会本部で特講の受講申し込みを書いている自分がいた。 後年、社会学専攻の見田宗介さんにも次のような発言があった。 「山岸会の特講に来ていた人で、(中略)正式な研鑽会が終った後の雑談なんかをやっているときに言うんですね。結局俺が得た一番のものは、もし一文なしになっても行く所があるという、ものすごい安心感だと――。(笑い) これは、一見ずうずうしいようにも見えるわけだけれど、案外まじめなんですね。そういうように感じさせるのは、大事なことではないかと思うんですよ。つまり、その人は根本のところで、私有財産にしがみつかなくなっていると思うんですよ」(『ボロと水』第四号所収 1972年刊) そうなんだと思う。働かねば食べられない、食べるために働くといったしみったれた観念に縛られて、私有財産や地位にしがみついている窮屈で滑稽な自分の姿をかいま見る思いがしたからだろうか。「身を捨てれば浮かぶ瀬がある」を現実に示すのが山岸会の存在価だと見田さんはいう。 2009年5月1日 自然と人為(7) 私が動けば世界が動く ちなみに天体科学的事実では、私たち人間は他の動植物とともに目もくらむほどの速さで絶えず移動しながら暮らしていることになる。このあたりを山岸さんに言わせれば、 「この世界には、(中略)本当の意味で、同じことの再現は一切ないことだと思うし、変化・前進こそ人生の妙味、意義があるのではないでしょうか」(『山岸巳代蔵全集第7巻』) となる。がしかし、人間の思い考えの中では地球の自転・公転などの律動を感じて時速約1500キロの速さに酩酊したとは聞かない。だから幾らトラワレない、キメツケない実践を自分本位の慣性から取り組もうとしても、「その方が良いとか正しい」といった観念操作の理解を出ない。やはり、考え方の革命、自分が変わらなければ駄目なのだ。 以前にも触れたことがあるが、『牛たちが拓いた牧場』の著者、斎藤晶さんは戦後北海道の開拓地に入り牛飼いを始めたのだが、とても食うまでには至らない。ある時途方にくれたまま一本の木に登って遠くの景色を眺めながら行く末を案じていた。ふとその時、小鳥のさえずる姿や昆虫の飛び回る光景が目に飛び込んできた。「そうか、野鳥や昆虫のように生きていけばいいんだ」とハッと気がついた。そこから、熊笹と石ころだらけの山を牧場に変えてしまう自然とのかかわりを生かした「蹄耕法」が誕生したのだという。 長年自分らも鶏や豚や牛飼いに携わってきただけに、斎藤さんの話に思いあたる節がある。ここでも山岸さんに言わせれば、 「軒端のスズメや、菜の花に舞う胡蝶でさえも、金を持たないで、何らの境界も設けないで、自由に楽しく舞い且つ囀(さえず)っている。権利も主張しないし、義務も感じていないようだ」(『金の要らない楽しい村』)と映ってくる世界に重なるだろうか。 よくピンチをチャンスに変えるともいうが、多分それまでの固定観念がどこかに吹き飛んで、パッと割り切ったそのままの状態を受けいれていることが誰の中にもある。そしてそこからふと思い浮かんでくる気持ちもある。大抵の場合、そうした気持ちというのは、口にするのもはばかれるように思い込みがちだが、見すごさないで、その気持ちを実行に移すことで次がひらけてくる場合がある。明暗二道への分岐点だ。 何事も不思議でなく映る目の前の事実から、どれだけの新鮮な驚きに出会えるだろうか。外に求めなくとも、その場から考え立ち上がる毎日なのだから。ここでも山岸さんに言わせれば、 「空地は雑草でも生やし、太陽熱を餌にし、涼しくすることに力めます。都会の屋根や路上熱も、何とかして食べられないものか」(『病災は内より』)といった太陽の存在価にまで呼応していくあたりだ。「私が動けば世界が動く」ともいう。どんなことなのか。考えをとおせば絶対に分からないが、天体の動きに合適するコペルニクス的転回を自らにはかることで解けてくるのかもしれない。 2009年4月1日 自然と人為(6) 脱皮と生長の訪れ 自分らの村の機構に半年に一度の自動解任という運営原則があり、全員の任を半年に一度解き、適材・適所・適任を見直し立ちかえる機会にしている。ところが、任とは仕事や作業、職役や村役のことばかりだと早とちりしてか、「やっと仕事にも慣れてきたころにまた見直すなんて落ち着かないなぁ、せめて三年に一度ぐらいにしてほしいなぁ」とこの仕組みには不満を覚えていた。 たしかに蚕は生まれると四回脱皮し、次に繭を作り、繭の中で蛹(さなぎ)になり、しばらくして蛾に、と節をハッキリ行っている。あの下水溝に住む「熾烈(しれつ)な悪寒を覚える醜体」の一匹の虫も、「吸収成長の期と整理と後の世への生命の繁栄を」かくぜんと区分することで顕しているものがある。 ひるがえって自分らは何を節として脱皮と生長をくり返すのだろうか。そこが手つかずだから「耳かきで飯を盛る行い」に汲々として「何時の間に何を為したのか、何時まで何を何しているのか、分からないうちにハートが休みます」の域を出ないのだろう。 なぜ半年に一度なのか分からない。けれど世間での自分の持ち場にいつまでもしがみつき責任感などで押しつぶされている様子を眺めるにつれ、そうした重い任を放して持たないで任に就くという無重力社会に向けて、仕組みの方からも無言の催促を寄こすのだろうか。そう考えると人間の思量をこえた何か厳粛な気持ちにつつまれる。 例えば木の幹は細胞の成長具合によって白っぽいところと茶色ぽいところをくり返す。この年輪模様は四季の移りゆきをありのままに映し出しているのだという。だとしたら親愛の情に充ちた幸福社会は、いったい何を映し行うことで自ずともたらされるのだろうか。そのためには既にもたらされている恩恵に気づくことからはじまるのかもしれない。 身近な例では、身体の呼吸や細胞分裂などは人間の知恵を働かさなくとも動いている。人間の感応力とは別に考えなしの本能的な感応があるようなのだ。これを一本の草木に例えてみると、根あり幹あり枝あり葉あり、しかも葉は梢について梢と葉が、葉と根とは間接的ではあるが幹や枝につながって生かし合うというあり方で感応しているようだ。もちろん空気や水・太陽・光熱・肥料成分など外なるものも内に生かされて、互いに生かし合うという心を顕しているともいえる。 過日パソコンの片隅に月の満ち欠けの変化を表示するガジェットを設定したら、つい空を見上げるくせがついた。というのも「真理は一つであり、"理想は方法に依って実現し得る"と云う信念を固め、只今ではその方法を『月界への通路』と題しまして記述し続けております」との一節を思い浮かべるからだ。離れることのない月を指さしつつ太陽の周りを自転しながら公転する我が地球の無停頓の律動。それらに調和する天・地・人の三重奏をうまく奏でられたらとねがう。 2009年3月1日 自然と人為(5) 人間進化の最後の革命 「今度その一端としまして、受像面に現れる……養鶏の受像面に現れた部分、その一端の有形の部分ですね、形に現れた部分、それが『百万羽養鶏』になったわけなんです」(『山岸巳代蔵全集第三巻』所収) ヤマギシの村への参画を呼びかける発言の一部である。"受像面"って面白い表現だなぁとずっと記憶に残っている。何か事を成すに当たっての元なるものがまずあって、それが現象に現れるといった後先にあるという考え方が新鮮だった。 底にあったものが表面化したものであるならば、「万象悉く流れ、移りゆく」ものはいったいどんな元なるものの現象であるのだろうか。逆にそうしたありのままの現象から、元なるものに気づいて自らもそうなろうとするものがあるにちがいない。例えば一本の植物がその過程で芽ばえ・育ち・実り・枯れるをくり返すありのままの姿に、人間社会の繁栄や正常健康や幸福なあり方を見る観方にも通じるものだろう。 先日も映画『おくりびと』で、サケがはるか北太平洋の方まで回遊して成長し、また生殖の時期に合わせて自分の生れた川に産卵のために遡行してくる姿を、橋の欄干から映しだされるシーンがあった。ちょうどサケの一生のありのままの姿ってどういうのだろうかと何日も研鑽していて、誰かの「母川回帰は死ぬために帰るのじゃないのだなぁ」という一言にハッとさせられた矢先だったので、映画の主題とも重なって心に焼きついた。 たしかにサケは生まれ故郷をにおいで知るといった部分科学的見方の研究は随分進んでいるらしい。しかし自分らの進んでやまぬ綜合哲学的に物を観ると、サケにかぎらず人間をも含む森羅万象はどのように映しだされてくるのだろうか。つまり自分の心の中にありのままの姿が焼きついているか否かが問われてくる。 鶏のヒナは、自分自身で殻を破って孵化するまで二十一日かかる。山岸会ではそうしたヒヨコの誕生になぞらえて、既成観念から脱却して研鑽できる人になるために、一週間の特講と二週間の研鑽学校都合二十一日間の体験過程を必すとしている。その間有精卵は今日までの来し方「流れ、移りゆく」過程を再現させるといわれている。自分らも怒り研鑽や割り切り研鑽や無我執研鑽などを辿りながら綜合哲学から生れる真の人間性へと変化進化を体認していく。 こうした実体験がないかぎり、自分の頭の中での理解としての分離ではない、事実・実態と人間の考え・思いとの異いからおのずと映しだされてくるありのままの姿は見えてこないのではなかろうか。 事実有精卵の孵化では、必ず四日目から五日目にかけて死にかけるほど弱る時期を越すのだという。自分らもまた、自分よりの理解から零位よりの理解をと進むために、自分の考えを放すという難儀な体験をヤマギシの仕組みの力を借りながら越えていくのだ。 2009年 2月1日 自然と人為(4) 自分の心がかえる場所 いつだったか紅葉の季節に、なぜ朱や黄色に色づいた木の葉を美しく感じるのだろう、誰の心をも感動させる美しさの正体は何だろうかと話題になり、それは自然と人は一体のもので人は自然から産まれたもので、宇宙自然界の底に息づく生命力というか美しさ・豊かさ・温かさの源がそこはかとなく広がっているからではないか、といった発言に、「そうか、それで春になると若草色などに心がはずみ、生き物の子が可愛いと感じるのだなぁ」と腑に落ちるものがあった。共感・共鳴・共振・交感という概念は自然全人一体観のなかで最も豊かにふくらむようだ。 先にライオンがシカを食うのは憎しみからではないともいったが、山岸さんの発言に「蛇が蛙を飲み込む時、蛙も案外快い状態らしい」ともある。なぜ蛙の心が山岸さんに読めるのだろうか。またウグイスでも環境によって谷ごとに鳴き方が微妙にちがうという。周囲環境とそれに適応しようとする本能的なものの作用も加味されて、ああいう鳴き声になっているのだろう。本文で「粗飼料を与えて鶏の飼養できない技術者は、経済環境適正試験にパスできないでしょう」といわれるあたりだろうか。 本題は「流れ、移りゆく」ありのままの実態に迫ることにあった。そのためには「流れ、移りゆく」そのものをどこで、どのように知るのか、感じとれるものだろうか? いや、こんなことを考え得るのは人間だけだ。木の葉は、四季の移り変わりに合わせて色とりどりの装いを変える。蛇は命をつなぐために蛙を食べ、蛙は蛇に食べられることで活かされる命の交替を映し行う。ウグイスも環境適応性に本能的に合わせながら自らを変えているにすぎない。 しかも人間は人間としての立場から、立場を通して観念づけて観・考えていきやすい。反面、人間としての立場から観る観方と大自然の後返らない「流れ、移りゆく」なかでのあり方とはおよそ異なる次元の世界の出来事かもしれないとの忽然とした気づきも、これまた人間ならではの知恵の働きから必然もたらされてくる。じつは、人間本然の姿に立ちかえる出発点をここに見いだすのだ。そこからの一歩の踏み出しを自己革命ともよぶ。 正月のNHKテレビで「にっぽん巡礼」〜あなたの心がかえる場所〜という番組を見た。 そこは孤独と不安に押し潰されそうになった時心が洗われる、幼少の頃から何度も通った「神社の鳥居から見える青い海」であったり、ふるさとを流れる川に心安らいだり、そこに親父の背中を感じ、そこは自分と向きあえる空間であり、悩みを解き放ち、心をリセットする場所だというのだ。そんな心に響く100の場所を、この春放送予定だという。 そこはまた他に求めなくとも自分が自分の理解者になれる唯一の場所だ。しかも自然界の「流れ、移りゆく」現象が最も身近に感じとれる場所でもあり、誰の心にもあるほんとうを呼びさまされる場所だ。 2009年1月1日 自然と人為(3) 移りゆく味・一体の味 自身僧侶でもあった作家武田泰淳の「滅亡について」(1948)は氏の出発点であるとともに、戦後文学が産んだ記念碑的作品であるといわれる。終戦直後、氏は「滅亡」という文字に心がひかれ、いつもこの二字を胸に浮かべて、そこから物を考えたという。そして誰が自分の食べた食物が消化するのを悲しむだろうかと、国や民族や個体の消滅はちっとも悲しむべき現象ではないとの考えを弄することで自分のなぐさめとしていたと書く。 それから十年後、氏は「限界状況における人間」という評論の中で 「『すべての物は変化する』という仏教の定理を、『平家物語』が説くように、諸行無常のうらさびしさ、ものの哀れの詠嘆とのみ判断するのはまちがっている。滅亡が変化の一部であるように、発展もまた変化の一部なのであるから。……むしろ、万事がそこから新しく始まることを意味するのである」と「無情」とは、決してはかなく消え去ることではない、という思想にまで結晶化させていくのである。 先日研鑽会でA子さんの話を興味深く聞いた。二人目の子供が生まれて子育てや昼も職場での仕事で忙しかった頃、学育係もやってほしいといわれた。当然職場の仕事からは解放されると思っていたら、職場の仕事も続けてやるのだという。エッーと思っているうちに早速何人かの子らを預かることになった。何で私だけがこんな目に遭うのだろうと不満も抱きつつ、それでも無我夢中でやってきた。後年、成長したその子らから子ら同士で世話しながら過ごしていたという話などを聞いて、ハッとさせられた。ふり返ってみたら、こせがれ泣くし飯(まま)焦げるのてんてこ舞いの毎日の中で「あれ、あんなことやっていたんだ」とそれまでの自分がそのまま見えてきて面白いというか、長年のこだわりが溶けていくような感慨をおぼえたという。 自分らの言葉でいうなら、こうした前向きのふり返りの中にこそ一体の味とも呼べる質のものが潜んでいる、と。自分がどんどん変わっているのに気がつかない。だから気づく気づかないでなしに、そこに飛び込んでいける自分であったらよいのかもしれない。そこって、その時その場で最高に活かされ、それ自体が歓びであるような、もう一つの事実の流れの中に、とでもいえようか。 さきの「その零位とは何かと……そんな囚われそうになる自分の殻から脱け出すには」、たとえば芝居の登場人物を客席から観る態度で眺め、楽しむといったふり返りが、どうしても不可欠なのだ。じゃあ、その客席の自分とはどんな自分なのだろうか。 何年か前、今のような形態の実顕地は明日もあるだろうかと問うてみた時、流れ移りゆくものの響きがなぜか身近なものに感じられてきた。そうか、流れ移りゆくものに立脚することで、せめて自分が一体になることはできる。そう思い定めるとパッと前向きに光がさしてきた。 2008年12月1日 自然と人為(2) 万象悉く流れ、移りゆく それではいったい「獣性」とは何を指しているのだろうか。少なくとも動物一般の属性ではないはずだ。あのライオンがシカを食うのは憎しみからではなく、命をつなぐためにそうしているのだろう。むしろ人間観念の属性というか本文の表現を借りるならば、「調和を乱す愚行」とか「多くあるが故に守らんとはるばる海を渡って戦争準備に消耗し生命までも危なくし、異境に骨を晒さんとするが如き蛮行」といった人間社会の修羅葛藤の渦に巻きこまれた人間の間違った考え方を指してのことであろう。 そうだとしたら、表題「獣性より真の人間性へ」の〜より〜へ、とは何を自分らに促しているのだろうか。本文にも「遠い彼方に目を向けて、心耳で聞き、意眼で読み、何を言わんとして居るかを見抜いて下さる事」と書かれてあるように、〜より〜へ、の革命実態そのものに肉薄していく試みこそ生涯を賭けるに値するものにみえてくる。 そこでまず、表題に続く冒頭の一節「万象悉く流れ、移りゆく」の会得からはじめようと思う。この一節からギリシアの哲学者ヘラクレイトスの「万物流転」や鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」(『方丈記』)などが思い浮かぶが、筆者の真意はどこにあるのだろう。ヤマギシズム運動の出発に際しての冒頭にふさわしいその内実とは何だろうか。 それ故、この一節から命のはかなさ人生のさびしさなど心細く世の無常を嘆くような印象を受けるならば、これまた大きく思いちがいしているのではなかろうか。じつは自分自身そのように解釈していた。だから先にあるものをだんだん古くなっていくように考える観念の呪縛にいつも悩まされてきた。若さは今にあるのに……。 むしろ次の会報3号に収録された『ヤマギシズム社会の実態』の書の冒頭の一節「零位よりの理解を」に重ねあわすことでおのずと浮かびあがってくるイメージから入っていけないだろうか。つまり「万象悉く流れ、移りゆく」それじたいが「零位」の世界の出来事ではなかろうか、と。 じゃあ、その零位とは何かと堂々巡りしてしまうのだが、そんな囚われそうになる自分の殻から脱け出すには、そこで考える考え方と異なる「零位よりの理解を」そのままの観方に立って踏みだすよりほかないのだ。 江戸元禄期芭蕉門下の俳人宝井基角は俳文「早船の記」で、隅田川のただ流れてとどまることのない水のいったいどこに海苔の味が隠されていて、味覚となって顕われるのだろうかとして次のような句を詠んだ。 ゆく水や何にとどまる海苔の味 さしずめ自分らの言葉に意訳するならば、「移りゆく何にとどまる一体の味」とでもいえるものだろうか。今まで自分とは関係ないとして見すごしてきたなかに、じつは本来の味わいがあるように思えてならない。 2008年11月1日 自然と人為(1) 獣性より真の人間性へ 手元の『山岸巳代蔵全集(一)』に、「特講」の研鑽資料として活用されている『世界革命実践の書』が会報第三号に発表(1954年12月)される前の、会報創刊号、第二号に『獣性より真の人間性へ』と題する一文が収録されている。 『世界革命実践の書』が格調・普遍性の高い響きをうけるとしたら、さしずめ『獣性より真の人間性へ』の方は永年温めてきたヤマギシズムの原型的なものを着想の奇抜さとともに何はともあれひと思いにはきだしてみたといった一面も感じられて興味深い。 冒頭に「万象悉く流れ、移りゆく」の一節が掲げられる。そして山岸会が誕生して一年、「今や地軸を動かす事態が発生しつつある」のだと、私たちが手がけたこの養鶏法と農法が日本の国を物心共に本当に豊かにするものだと確信をもって淡々と語られる。 そこから戦後窮乏のドン底から一万円をめざしてその達成を祝い、その後百万円の願いを樹てた知人の話から、今の通貨をそのままで昔の価値で物が購える方向にもっていく描きにふれたりみずから百姓の真似事をやって米を穫らずに藁を採ったり水害で散々な目にあった体験を省みながら、働かないで米が空気や水のように得られるといった豊満感やそれに近い状態を実現する方法を唱導する。 その立証にたとえば戦時中の飼料欠乏時代に粗飼料で鶏を満腹、満足させて卵を産ました事実と粗飼料を食べさすことができず風船鶏や飛行機鶏にして売り払ってしまった二つの事実を並べて、餌(物)が有り余っても不足に思う姿に財産が積まれてもなお欲しい人がいる今の日本人の縮図をみてとる。しかも学者はこの現象を経済学の原則だと決めており、生物学的に欲求本能学説も唱えられているなかで、これを解決して好転せしめるものは「整正作用と観念習性の賦植」に依るものだとしたり、「経済環境適正試験」に言及したりと、たかが養鶏と軽率にあなどるなかれと深奥まで掘り下げる究明態度に至りつく。 そこで鶏や他の動物を通じて真の人間や社会のあり方を発見してみようという。そこから吸収成長の期と後の世への生命の繁栄を劃然と区分して節目ごとに脱皮をくり返す蚕の一生について語られ、下水溝に住む熾烈な悪寒を覚える醜体の一匹の虫の蠢きに、池のガマの繁殖に思いをはせながら、人間の世界を眺め省みられていく。 自分は今日まで五十余年の日々を蚕が桑の葉を食むが如くに食い込んできたが、はたしてこれで繭が造れたか、心を休め得る立派さを重ねつつあるだろうか。周囲を眺めると耳かきで飯を盛る行いを生命の燃焼に費やし続けていることに気づく。ガマの繁殖は自然の整正作用で種の絶滅もなきままうまく保たれているが、ガマの子ほど産まれない人間は戦争で大量淘汰したり数発で皆ご破算になる人間調整法の発明に余念がない。ここらで一休みして考え直そうではないか、と。 かくして蚕はこの世への置き土産として繭を残し豚は肉を残すが、私たち人間は何を残し得たか。万人が望む幸せが……永遠の、と真の人間性に託する決意のようなものが切々と伝わってきて、身がひきしまる思いがしてくるのだ。 |